第五百三話
「そんな理由でここに来るとはな。次点で落ちた奴が可哀想だ」
「そう言うな、ライバルが一人減ったと思えば悪くない」
離れた席での会話が耳に届いた。中傷のようにも聞こえるが、やる気が無い者よりやる気がある者を入れるべきという考え方にも一理ある。
「同じ事柄でも、立場と見方で善悪は変わる。彼等の見方ではそれが善だと言う事だな」
「中尉殿は彼等を肯定も否定もしないのですか?」
周囲で聞き耳を立てていた生徒達も驚いたような顔をしている。普通なら感情的に分かりやすい彼等の意見に同調するか、理屈を盾に否定するだろう。
「父さんの件が好例だな。町医者よりもお偉いさんの専属となった方が地位や名声、財貨を得られる。だから彼等のような価値観ならばそうするのが正しいと言える」
「しかし、現実はそうならずに小細工をした日本医師会や厚生労働省の人達は断罪された・・・」
「それに当て嵌めるならば、権力よりも安寧を選んだ父さんが辻谷で医師会の連中が彼らとなるな」
出世や栄達を望むのが普通の価値観だ。しかし、世の中にはそれに興味を持たない人間も居る。それをバカにし、貶めるのは愚か者の行為だ。
教室内が少々気不味い雰囲気となったが、残りの授業も恙無く進み放課となった。辻谷は休み時間ごとに俺に話しかけてきた。完全に懐かれてしまった。
翌日からは辻谷に感化されたのか、俺に話しかけてくる生徒がチラホラと現れた。その時辻谷は自分から話す事をせず聞き手に回っていた。
積極的に話しかけて来るものの、独占しようとせず他者が来れば場を譲る。これだけ卒無く動けるならば、お貴族様の対応も熟せるのではないかと思ってしまう。
しかし、出来る事とやる事は別問題だ。出来るからと言って、やりたくない事をやらねばならないという事はない。
俺は学校で孤立すると踏んでいた。一人だけ中尉という階級を与えられ、任務で休みがちになるからだ。年齢こそ同い年だが、目指す所も努力する内容も俺だけ違う。なのに辻谷のお陰で普通に話しかけて来る生徒が現れた。その点に関しては純粋に感謝している。
そして日が進み舞の誕生日前日を迎えた。今日は夜中にうちの家族はニックとアーシャと共に皇居ダンジョンに向かう。そこで舞とアーシャはスキルを授かる事になる。
「滝本中尉は明日任務で休みだな」
「はい、任務の進捗によっては数日休むかもしれません」
大野教官が確認してきたので返答する。二人がスキルを授かった後、スキルによっては検証をしなければならないかもしれない。その時は外部に漏れないようにする必要があるので、護衛として俺が付き添う事になっている。
一階層の突撃豚ならば大ごとになるような事は無いと思うが、何があるか分からないのがダンジョンだ。備えておいて損はないだろう。
舞とアーシャはどんなスキルを授かるのか。それは後十時間程で判明する。
 




