第五百二話
「将校の暴走を咎められた陸軍はダンジョンの管理を新設されたギルドに移管する事となった。陸軍の影響はあるとはいえ、利権を失った訳だな」
大野教官は言葉を止めて生徒達を見回す。そして真剣な顔で言葉を続けた。
「権力を持つ者であろうとも、つけ上がれば潰される。それを忘れるな。忘れた組織の末路は、滝本中尉が見せてくれただろう」
「・・・年末年始の海軍ですね」
「それと日本医師会に厚生労働省もだ。権力を濫用すれば、より強い権力に潰される。我々も軍で佐官だ将官だと威張った所で上には上が居るからな」
佐官や将官になれば強い権限を行使出来る。その力を得た時に力に溺れるなと釘を刺している。それが出来なければ緒方元少将のような道を辿る事になるだろう。
近代陸軍史の授業が終わり休み時間になると、すぐに隣の席の辻谷が話しかけてきた。
「お貴族様や上流階級の干渉を物ともしない、流石は中尉殿です。自分には到底出来ませんよ。やはりここを選んで正解でした」
開口一番俺を持ち上げた辻谷は、俺が口を挟む間もなく言葉を続けた。
「中学で成績が良かったので、お前ならば良い進路に行けると周りの圧力が凄かったのです。自分は楽がしたかったのですがね」
聞いてもいないのに自分語りを始めた辻谷。こいつの意図が読めるかもしれないし、ここは黙って聞いておこう。
「陸軍士官学校か海軍士官学校、レベルの高い私立高から帝都大学の三択以外無いような空気にされてしまったんですわ」
ああ、学校側からの一方的な期待を背負わされたのか。学校としては卒業生が少しでも良い進学先に行ってくれれば実績になるからな。
「帝都大学出て財閥に入ってもお貴族様への接待とかありそうですし、海軍は洋上勤務に出たら長期間帝国に戻れないと聞きました。結果、消去法で陸軍士官学校という訳です」
「だが、戦闘は苦手そうじゃないか。佐官になれば直接戦闘の機会は減るとはいえ、ある程度の戦闘力は必要だぞ?」
「中尉殿の仰る通りです。なので主計課や人事課希望なんです。スキルも戦闘に向きませんし。あっ、ご覧になりますか?」
辻谷は俺の返事を待たずにスキルを発動した。俺の机上に小さな光が生まれ、それは犬の姿をとると光は弾け飛んだ。
「これが自分のスキル、人形召喚です。お手に取っていただいても大丈夫ですよ」
「それじゃあ・・・質感が凄いな。毛並みが柔らかい」
犬の人形に触ると、ちゃんとモフモフが再現されている。肉球のプニプニも再現されていて、これが市販されていたらちょっと欲しいと思ってしまう。
「これに関しては神様に感謝してます。中尉のように戦闘に使えるスキルだったら戦いに駆り出されていたかもしれませんから」
「軍は実戦部隊だけで戦える訳じゃない。それを支える文官を目指すというのはアリだと思う」
楽をしたい、というのがちょっと気になるが、そういう人間も居るだろう。俺に取り入ろうという様子も感じないし、辻谷は警戒する必要無さそうかな。




