第五百一話
「おはようございます、中尉殿。これ、良かったらお使い下さい」
「ああ、おはよう。これは・・・」
翌朝、登校し席につくなり一昨日おべっかを使ってきた生徒が綴じた紙束を渡してきた。パラパラと中身を流し読みしてみる。
「昨日の授業の板書か。有り難く使わせてもらうよ」
「光栄です。これからもお任せください!」
人の良い笑みを浮かべているが、俺に近づく理由は何なのか。他の生徒は一定の距離を保って近づいて来ていない。
「そう言えば、名を聞いていなかったな」
「自分は辻谷と申します、以後よろしくお願い致します」
名乗ると同時に綺麗な敬礼を決める辻谷。笑顔の裏に何かあると勘ぐってしまうのは考え過ぎだろうか。
「しかし、刺客を物ともせず皇帝陛下と皇女殿下をお救いされる中尉殿は凄いです。千田も投げ飛ばしていましたし」
「反省房送りになった奴、千田っていうのか」
「中尉殿が覚える必要はありません。全く反省していないという事で退学が決まったようですから」
入学から三日で退学が決定か。三日天下と言いたい所だが、天下も取っていないからなぁ。
「連絡事項を伝える。全員席につけ」
自爆男の末路を聞いた所で大野教官が入って来た。教室内が静まり返る。
「まずは試験の結果を渡す。各々が自分の立ち位置を確認した上で研鑽に励むように」
名前を呼ばれ、教科ごとの得点と順位が記された紙をわたされていく。俺の順位の欄に書かれた数字はただ一つ。縦棒が一本引かれているだけだった。
「順位に衝撃を受けた者も居るだろう。だが、ここに居るのは全員が中学校で上澄みだった者だ。同レベルの者達の中での立ち位置を肝に銘じろ」
顔を動かさずに視線を左右に振ってみると落胆している者や得意そうな者、悲喜こもごもといった感じになっていた。
「順位が低かった者も悲観する事はない。それは飽くまでも中学校までの教育範囲での成績だ。まだ幾らでも挽回は出来る・・千田のような真似をしなければな」
大野教官の言葉を聞いた生徒は表情が引き締まったように見えた。恐らく全員が退学という処分を聞かされているのだろう。
一時間目の授業は大野教官が担当の近代陸軍史なのでそのまま授業に突入した。
「照和十一年二月二十六日、陸軍軽視と海軍優遇を不服とした陸軍若手を中心とした者達が国会議事堂や首相官邸などを襲撃した」
前世でも似たような事件が起きた。日露戦争や第一次世界大戦が起きず、社会情勢が違っていても類似事件が起きたというのは興味深い。
「同胞に剣を向ける事を躊躇した陸軍に対してお怒りになった陛下が海軍に対して鎮圧するよう勅令を発した。海軍は国内の軍港から艦を急行させ、陸戦隊をもって鎮圧した」
その際に活躍したのが機関銃や拳銃で、モンスターに対しては使えないそれらが人間に対しては猛威を奮い少ない損害で鎮圧してみせた。
陸軍はそれがトラウマとなり頑なに銃を使わなかったという事だ。しかし、これからは陸軍も使う事になるのだろうか。
 




