第四百九十二話
翌日は一日を使って実力テストが実施された。生徒達は全員が頭を悩ませながら試験問題と格闘・・・とはいかず、一つだけ空いた席があった。昨日突っかかってきた男子生徒が座っていた席だ。
このテストが学校側でどれだけ評価の参考にされるかは不明だが、受けられなかったという事実はかなりマイナスに働くだろう。まあ、自業自得と諦めて貰うしかない。
試験は中学校で教わる範囲だからか、そう難しいとは感じなかった。ベルウッドで受けていた定期試験の方が難しかった気がする。
「試験の結果は明後日に返却する予定だ。明日からは通常授業になるからそのつもりでな。それと滝本中尉は明日任務で欠席と情報部から通達が来たが?」
「はっ、関中佐より命じられております。明日は一日受講出来ません」
明日は外務省と宮内省、それに陸軍が参加しての会議に出席するよう命じられている。尉官の俺が出られる会議では無さそうなのだが、正式な命令なので否やはない。
「授業内容については範囲を纏めた書面を明後日渡す。自分で学んでおくように」
「ありがとうございます、お手数をお掛けします」
軍務で受講出来ないから補講をして貰えるなんて甘さは期待してはいけない。特別待遇をしているのだから、それ位のハンデは乗り越えろという事だ。
「中尉殿、支障が無ければ明日の任務というのをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「上司と一緒に会議に出席するだけだよ」
大野大佐が教室から出ると、隣の席の生徒がこわごわと聞いてきたので差し障りの無い範囲で答えておいた。
この会議は宮内省・外務省・陸軍・英国大使館から実務のトップレベルが参加すると聞いている。激動すると予想される今後について情報交換するというものだ。
「現場仕事だけでなくそんな仕事まで・・・流石は将来将官間違いなしと言われるお方ですね」
「上司は会議や事務仕事より現場に出たいと言って部員を困らせているけどね」
おべっかと思われる褒め言葉を受けつつ、無難に答える。苦笑してしまうのを抑えるのに少々苦労した。
中佐が事務仕事を嫌がるのは問題だが、逃避して上野に来ていたから俺と縁が繋がったという経緯があるから強く窘められない。
これ以上突っ込んで質問されるのも面倒なので、そそくさと教室を出て情報部に移動する。明日の会議の打ち合わせを中佐としておきたかったのだ。
「滝本中尉、お疲れ様」
「試験はどうだった?」
「まずまずですね。これ、差し入れです。皆で食べて下さい」
俺は鞄に入れていた干し芋のタッパーを四つ出す。赤い蓋と青い蓋のタッパーが二つづつあるが、製作者が違っている。
「いつもすまないね。中尉の干し芋は美味しいから楽しみなんだよ」
部室に居た部員さんが集まってきて干し芋は見る見る内に減っていく。赤と青のタッパー一つづつが空になった。
「やっぱり美味しい、市販品が食べられなくなるよ。蓋の色が違うのは意味があるのかい?」
「実は、干し芋の作り方を教えて欲しいと言われまして。教えながら沢山作ったので赤い方はその人が作った物なんです」
「へえ、こっちも凄く美味しかったよ。作った人にお礼を言っておいてほしい」
味見していたから大丈夫だと思ったが、部員さん達にもニックが作った干し芋は好評だった。伝えたらニックは喜ぶだろうな。




