第四百八十二話
「あれは俺が彫った物です。木像彫りが趣味なんですよ」
「えっ、優様が幻の仏師なのですか!」
何やら妙な肩書きが聞こえてきたが、俺はそんな者になった覚えはない。大体、プロの仏師ではないのだ。ただ趣味で木像を彫っているだけの、ごく普通の士官学校入学予定者だ。
「ご存知ないのですか?極少数出回っている、作者不明の美しい仏像が社交界で話題になっているのです。入手しようにも専門店でも扱っておらず、貴族家や名だたる神社仏閣が依頼する為に探しているのです」
「置き場の問題もあって幾つか手放しましたが、そんな事になっているとは・・・」
「有名なのは大宮氷川神社の素戔嗚尊像ですね」
確かに以前奉納した覚えはあるが、あの像、そんなに話題になっていたのか。
「他にも像をお持ちでしょうか。もし宜しければお見せ頂く訳には・・・」
「構いませんよ。迷い家にあるので行きましょう」
誰かが入ってきても見られないように寝室に移動し、玉藻になって迷い家に入る。木像を置いてある部屋に案内すると、侍従長さんは崩れ落ち床に手をついた。
「八方手を尽くして探した木像がこんなに・・・」
「手慰みに結構彫ったからのぅ。心を無にして彫ると落ち着くのじゃ」
侍従長さん、多数の木像を見てショックを受けているけど、レアだと思って探していた物が沢山あるのを見て失望したのかな?
「玉藻様、一体お譲り頂く事は可能でしょうか?陛下のお部屋に安置したいのです」
「それは構わぬが、陛下へ献上するなら新たに彫った方が良いのではないのか?」
「それは畏れ多い事で御座います。神使である玉藻様御自ら彫られた神像、価値は推し量る事すら出来ません」
彫ったのは玉藻ではなく滝本優なのだが、同一人物だから間違ってもいないのか。新たに彫って献上するのはするとして、それとは別に一体持ち帰って貰おうか。
「では好きな像を選んで持ち帰るがよい。妾も考えが足りんかったのぅ」
ロシア皇帝陛下に渡しておいて、母国の天皇陛下に献上しなかったという片手落ち。侍従長さんが来てくれて助かったよ。
「それでは、この天照大御神様を預からせて頂きます」
「うむ、何か梱包出来る物があれば良いのじゃが、生憎箱等は用意しておらぬのじゃ」
「館の者に布を用意させて梱包致します。玉藻様、これらの像は易易と手放されぬようお願いいたします」
侍従長さんは落とさぬようしっかりと神像を抱えて出て行った。この先彫りすぎて置き場に困ったら侍従長さんに相談した方が良いかな。
後日、天皇陛下用に神武天皇像を彫って献上したら滅茶苦茶感謝された。十一月に文化勲章を、と言われたけど職業として彫っている訳ではないのにそんな大層な勲章を貰う訳にもいくまい。
受章を辞退する旨伝えたのでその話は流れたと思い忘れた俺は、半年後に内閣府章勲局から受けた知らせに驚くのであった。
 




