第四百八十一話
新聞紙の上に乗せた木材にノミを当て金槌で叩く。大雑把に輪郭を掘ったら彫刻刀で細かく削り少しづつ形を整える。
今日は部屋に一人で残っている。両親は迎賓館スタッフの健康診断を行っていて、舞はアーシャと明日の準備をしている。
予定もないので趣味の彫刻に勤しむ事にした。材料や機材は迷い家に運んであったので必要な物だけ取り出した。
埼玉の家にあった物は全て迷い家に収納してある。引っ越しも楽々こなせる迷い家さんは本当に便利なスキルだ。
彫ってた思金神様が形になり細かい部分を残すのみとなった頃、ドアがノックされた。訪れて来たのはニックだった。
「お邪魔しても大丈夫かな?」
「ええ。暇なので趣味に没頭していた所です」
彫刻は奥の寝室で行っていたのでニックを迎えるのに支障はない。当番のメイドさんにお茶を頼んでソファーに腰を下ろす。
「昨日迷い家に行った時に見た木像を見せて貰えないかと思ってね。見事な出来だったのでゆっくり見せて欲しいんだ」
「それは嬉しいですね。あれは俺が彫った物ですよ」
タイムリーと言えばタイムリーな話だ。今正に神像を彫っていたのだから。
すぐに見せようと思ったが、折角メイドさんが淹れてくれた紅茶が冷めてしまう。お茶請けのクッキーを摘み今まで彫った木像の事を話した。
彫る所を見たいと言われたので、寝室に移動して思金神様の仕上げを行う。ニックは俺が彫る様子を静かに見守っていた。
「これで完成です。どうですか?」
「いや、素晴らしい。この人物はどういった人なのかな?」
「この神様は思金神様と言いまして、日本の神話で重要な働きをした方です。水産漁業にもご利益があると言われているので、海が出来たので彫ろうかと思いました」
像を動かし、木屑を敷いていた新聞紙ごと折り込んで玉藻に変化する。この木屑と新聞紙はバーベキューをする際の火種として活用するので迷い家に運び込むのだ。
「気に入った木像があったら持っていきますか?」
「それは嬉しいが良いのかい?」
「売ったり譲ったりする当てがあって彫っている訳ではありませんから。日本の神話だけでなく、他の国の神像もありますよ」
木像を纏めて置いておいた部屋にニックを案内し、思金神様の像も安置する。ニックはパールバディの木像を選んで嬉しそうに持って行った。
昼食を迎賓館で調理された洋食で済ませ、スマホでニュースをチェックしていると侍従長さんがやって来た。多忙な人の筈だが、何かあったのだろうか?
「優様、皇帝陛下に木像を贈られたと皇帝陛下の部屋付きの者から話を聞きました」
「ええ、午前中に陛下が来られ、あの像を気に入られたそうなのでお贈りしましたが」
気軽に贈ってしまったが、不味かっただろうか。考えてみたら、安全確認をされていない物品がスタッフが知らないうちに増えていたのだ。そりゃ問題になるか。
「差支え無ければ、あの木像を入手された経緯をお教え願えませんか?」
宮内省としては不審物の流通ルートは抑えておこうと思うよな。これは正直に話した方が良さそうだ。




