第四百七十七話
舞に手を引かれて扉の先を探検していく。寝室に洗面所、お風呂もあり不自由する事は無さそうだ。キッチンが無いのは食事は調理された物が提供されるからだろう。
「お母さんのお料理が食べられない・・・」
「舞、大丈夫だ。迷い家に入れば食材も調理器具も揃っている」
困った時の迷い家さん。一家に一軒常備したいスキルです。魂の器の関係で俺以外無理な話だけどね。
「となると、迷い家で調達出来ない調味料とお肉を補充しておいた方が良いかな。でも、外出出来るかな?」
事件解決で世間の興味は俺達から冬馬パーティーに移りつつある。とはいえ、居場所がバレたらマスコミの取材攻勢に遭うのは目に見えている。
一通り見て回ったので初めの部屋に戻り、座って舞が嬉しそうに報告しているのを見守る。するとドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ・・・って、皇帝陛下!」
てっきり侍従長さんが専属の人達を連れてきたと勘違いしてドアを開けたのだが、そこに立っていたのはロシア帝国皇帝陛下であるニックだった。
「お邪魔しても宜しいかな?」
「も、勿論です。お入り下さい」
「優お兄さん、何だか他人行儀!」
半ば混乱して丁寧語を使う俺に頬を膨らませたアーシャが抗議する。ニックの背後から顔を出している様はとても可愛らしい。
「ごめんごめん、驚いてしまってね」
二人を連れて応接セットに戻り腰を下ろす。ニックは一人用の椅子に座り、アーシャは舞と俺に挟まれる位置に座った。
「今日からお隣さんだからね。挨拶をさせてもらおうと思って来たんだ」
「廊下に覚えがあると思ったら、ニックの部屋の隣だったのか」
先日訪れた部屋の隣なのだから、その時と通る廊下は同じだったのだ。見覚えがあったのも当然である。
「アーシャは明後日から舞ちゃんと同じ学校に通うが、私は一日ここに居るからね。気心の知れた皆が来てくれたのは本当に助かるよ」
「誰かに会っても、相手は皇帝陛下として接するでしょうからね」
亡命先とはいえ他国は他国。気安く接する事が出来る人間が居ない状況はニックに大きなストレスとなっていたのだろう。
「潜水艦の乗組員の方達は来られないのですか?」
「休暇を取って来てくれてはいるがね。そうそう来れる距離でもないし、無理は言えんよ」
ニック親娘と共に来たロシアの人達は、四国で来島の人達と潜水艦の保全業務に従事している。来島の人達も仕事を覚えているのだろうけど、まだまだニックの配下が手を引くまではいっていないようだ。
ニックは会えなかった時間を埋めるように父さんと母さんに話し、アーシャも笑顔で俺と舞に話題を振る。
アーシャと舞が楽しそうなのは良いけれど、出来れば記者会見の時の話題は避けて欲しい。特に黒ゴス談義に花を咲かせるのは止めてくれ。
女子中学生二人の話を心の中で大方広仏華厳経を唱えつつ聞いていると、再びドアがノックされた。両親と舞、ニックとアーシャは話に夢中なので俺は席を立ち扉に向かう。
これは再度黒ゴス姿を披露させられそうだから逃げ出した訳ではない。誰かが対応しなければならないから俺が立ったのだ。




