第四百二十七話
昨日の就寝前にしっかりとブラッシングとモフモフを堪能して気合い充分な三人と共に二十九階層に挑む。
「この階層の敵は朱カブト(あけかぶと)です」
「名前が似ていてややこしいですけど、こちらは巨大な熊なんですよねぇ」
冬馬伍長の言を久川上等兵が補足する。名付けしたのは俺と同じ世界から来た奴かと疑いたくなるネーミングだな。
「名前の由来は頭に朱色の兜を被ったような見た目だからだそうです」
追加で井上上等兵が名前の由来を説明してくれたが、俺の脳裏には熊犬と死闘を繰り広げた巨大熊の姿が浮かんでいる。奥羽から熊犬連れてきて良いですかね?
森林フィールドを警戒しながら進む。進路右前方の木々の間に大きな影が動くのが見えた。影は踏み固められた道に出ると太い後ろ足で立ち上がった。
「大きさ的には鉄カブトと同じ位ですね」
まずは盾を持つ冬馬伍長と回避盾になれる俺が先行する。朱カブトは右腕を振るい俺を潰そうとしてきた。しかし爪が届く前に跳躍し、そのまま空歩で朱カブトの背後に周る。
地面を叩いた朱カブトの右腕に冬馬伍長が一撃を入れる。二の腕に叩きつけた片手剣は毛皮を切断するも、固い筋肉を僅かに切るに留まった。無防備な後頭部に蹴りを入れるが効いた様子はなく、熊を包囲する形で仕切り直しとなった。
「固いですね、肉を断てませんでした」
「この分では槍も刺さらなさそうです。関節を狙います」
冬馬伍長の攻撃を見て自分の槍も威力不足と予想した井上上等兵は熊の左から胴体目掛けて突きを入れた。しかし単発の攻撃が通じる筈もなく熊は腕でガードする。
しかし井上上等兵の狙いはそこにあった。突きを一旦引くと熊の肘目掛けて再度突きを繰り出した。虚を突かれた熊に対応する事は出来ず、槍は穂先が完全に埋まる。
「関節ならば何とかなりそうです」
「ならば私も!」
井上上等兵に注意が向いた熊に再度の攻撃を仕掛けようと踏み込む冬馬伍長。だが熊に気付かれてしまい体の向きを変えて正対される。
更に、その勢いを乗せた裏拳を間合いを詰めた冬馬伍長に放つが、深追いする気が無かった伍長はバックステップで容易く躱した。
「こっちがお留守ですよ」
下がった冬馬伍長に熊の意識が向いた隙をつき、久川上等兵が接近し戦鎚を振り被る。右腕は冬馬伍長に振ってしまい、左腕は井上上等兵に破壊されている。
熊は久川上等兵の攻撃を迎撃出来ず、左足の膝に手痛い一撃を受けてしまった。久川上等兵は追撃せずに下がり、油断無く熊を注視する。
左足を壊された朱カブトは左に倒れ込み、体を起こそうと藻掻く。しかし左腕と左足が満足に動かず、片手片足では体を支えられない。
「これでトドメだっ!」
冬馬伍長の渾身の突きが朱カブトの首を貫く。剣身の根元まで深く沈んだ剣は朱カブトの生命を断ち切り光と共に大きな魔石へと変化した。




