第四百九話
一月も終わり二月に入った。ダンジョン探索は根回しが済むまで出来ないので今は待機状態となっている。まあ、全くダンジョンに潜らない訳ではなく、お肉や卵の補充の為に潜りはするが到達階層の更新は出来ていない。
このままだと三学期の期末試験前か期間中にかかってしまいそうだが、俺は既に進路が決定しているので影響はほぼ無さそうだ。
その日は普通に授業を終え、舞と一緒に学園から駅に向かっていた。いつもと同じ下校風景だったのだが、見知らぬ大人に声を掛けられた。
「失礼、滝本優准尉で合っているかな?」
「まだ軍属なので准尉相当官が正しいですね」
黒いスーツを着た男性は二十代から三十代といったところか。黒髪黒目だから日本人かと思えるが、肌の色が薄いように見えるし顔立ちも純粋な日本人と違うようだ。
「私は英国大使館の職員でバンコラン=曽我部という者だ。名前から分かるかもしれないが、日系三世の英国人だよ」
提示された身分証を拝見し、確かに英国大使館の職員だと確認できた。同盟国の人だとわかり警戒を少しだけ解く。
「君が優秀な軍人だと聞いていて一度話してみたくてね。少し時間を貰っても良いかな?」
俺は横目で舞を見る。特に怖がっている様子はなく、俺がどう答えるのか待っている。
「妹も同席させて構いませんか?」
「勿論構わない。話すのはそこの喫茶店で良いかな?」
「構いませんよ」
曽我部さんについて喫茶店に入る。舞の同席を条件にしたのは、もしも彼が何かを企んでいた場合舞を先に帰すと標的にされる恐れがあるからだ。
「ここの支払いは私が持つ。好きな物を頼んでくれ。経費として大使館に出させるからどんなに高くても大丈夫だぞ」
「・・・では、ブレンドを」
それで良いのか英国大使館。と心の中で突っ込みを入れつつコーヒーを頼んだ。舞はオレンジジュースを選択した。
ウェイトレスさんがオーダーされた物を置いて伝票を残し戻っていく。曽我部さんは紅茶を頼んでいた。英国人らしいと言うべきか。
「さて、私は武官として着任していてね。名刺にもあるが少佐の階級を貰っている。それもあって優秀な軍人に会うのが好きなのだよ」
「まだ未成年の私を評価して頂けるのは光栄です」
大使館に派遣されている武官が普通の軍人とは思えない。情報機関のエージェントと思った方が良いだろう。
身構えつつ会話を重ねたが、聞かれたのはダンジョン探索に関する事ばかりで、玉藻の事や軍の事は何一つ会話に出る事は無かった。
「・・・もうこんな時間か、楽しい時間は何故こんなに早く流れるのか。最後に一つ聞きたいのだが」
「何でしょうか?」
ここまでは不穏な質問は無かった。だけど、油断させて最後に本当に聞き出したい質問をぶつけ言質を取るという可能性もある。
「君は、英国に興味は無いか?軍に入った後我が国に駐在武官として来てみないか?」
曽我部少佐から提案されたのは、まさかの英国赴任だった。




