第三百八十八話 とある横須賀鎮守府司令部にて
「富岡大佐、入ります」
横須賀にある海軍基地司令部の司令室に入ってきたのは、通常任務を終えて入港した巡洋艦大淀の艦長富岡大佐だった。
「大佐、ご苦労。早速だが、君と副長の休暇は取り消しとなる」
「取り消し、ですか。他の乗員に対しては休暇が与えられるという事でしょうか?」
自身の休暇が無くなったというのに真っ先に心配するのが他の乗員の休暇というあたり、部下思いの艦長なのであろう。
「そうだ、休暇が無くなるのは君と副長だけだ。そして大淀は出港予定も変更となる」
通常、海軍の艦艇は任務を終えると乗員は休暇をとり、その後訓練航海を熟して休暇。その間に補給と整備を済ませて任務に向かうというローテーションとなっている。
大淀は任務を終えたばかりの為、休暇後は訓練を行う予定となっていた。任務は情勢の変化により変更される事もあるが、訓練の予定が狂う事は珍しい。
「君には可及的速やかに副長に対して艦長の引き継ぎを行なってもらう。それが済み次第帝都行きだ。喜べ、君もとうとう軍令部の住人だ」
「えっ、自分が軍令部に転属ですか?」
軍令部とは天皇陛下を輔弼し海軍を束ねる最高司令部で、特段功績を挙げた訳では無い洋上勤務の艦長がいきなり転属出来る場所ではない。艦長が戸惑うのも無理はない。
「書類上は新年度の異動で配置換えとなるが、実際は引き継ぎと実務訓練の建前ですぐに仕事をしてもらう事となる」
「そんな無茶な・・・もしかして、この間発表されたあの件ですか?」
「そうだ。上がやらかした為、早急に面子を入れ替える必要が出たのだ。影響は君だけではない。他の艦からも佐官が異動となるし、かく言う私もこの通達後は引き継ぎして異動だよ」
情報が入りにくい海上を行く軍艦乗りですら伝え聞いたロシア皇帝陛下亡命事件。そしてそれを隠していた海軍の失策。大佐はその事件の事後処理の一環だと悟ったようだ。
「呉と東京の尻拭いを何故横須賀がせにゃならんのですか」
「それについては同感だな。だがここだけではない。舞鶴や佐世保など、他の鎮守府も同様だな」
今回の件に全く関わっていない自分達にまで累が及んだ事に腹を立てる大佐だが、それは同じ組織の人間がやらかしたので甘受して貰うしかない。
「さて、副長を呼んで貰えるかな。彼にも同じ事を言わねばならん」
「了解しました。副長も驚くでしょうね」
こんなやり取りが海軍鎮守府のあちこちで行われ、いきなりの人事異動によりやらかした上層部への不満が高まった。
しかしその憤りをぶつけるべき相手は皆退官する事となっており、割を食った軍人達は不満を抱えながらも引き継ぎ任務を淡々と行うのであった。




