第三百八十六話 とある陸軍情報部にて
「戻ったぞ。各所の実務の了承を得たからほぼ決定だ」
「本当ですかっ!これで仕事が少し減る!」
潜水艦委託先の会議が終わり情報部に帰った関中佐が部下に報告する。優は帰りが遅くなり明日の始業式に支障を来してはいけないので帰宅させている。
「陛下と殿下の身柄も宮内省の管理下にあるし、皇帝陛下絡みの業務はほぼ終わりだ。潜水艦を管理する部署も宮内省の指揮下に入るだろう」
「えっ、うち(陸軍)じゃないんですか?」
今回の騒動、皇帝陛下の救出から保護まで陸軍(の軍属である優)が行ってきた。情報部の面々は潜水艦絡みの権利も陸軍が持つと思っていたのだ。
陸軍が潜水艦を持っていても戦力としての使い道は全くないが、ロシア皇帝陛下の座乗艦だったのだ。皇帝陛下との縁という旨味があるのだった。
「これまでの全てを陸軍が仕切ってきたからこそだ。潜水艦の権利まで得ては他の部署からのやっかみが酷くなる。我々には皇帝陛下父娘と個人的に親しい滝本家が居る。皇帝家との繋がりは切れないさ」
滝本一家を皇帝家との繋がりを保つ為の道具かのような言い方をする関中佐だが、そういった考え方も出来ないようでは情報部の長など到底務まらない。
「尚、俺はこれから潜水艦の管理を任せる来島との折衝の為四国に出張する。大仕事が片付いた事だし、皆も仕事の区切りが付いた者は上がるように」
関中佐は一度部長室に入り出張の準備を整えると、足早に情報部の部室から出て行った。
「皇帝陛下の救出といい潜水艦の委任先を見つけて来た事といい、優君大活躍だな」
「全くだ。中佐があの子を見つけて来ていなかったらどうなっていただろうな」
もしも優がスキルを活かしてアイドルの道に進んでいたら。果たして皇帝父娘はどうなっていたのだろうか。もしかしたら、それが実現している世界線がどこかにあるのかもしれない。
「活躍と言えばおやつだろ。優君のおやつは市販品より遥かに美味い」
「この間の吊し柿も美味かったなぁ。もっと食べたくなって市販品を買って食べたけど、イマイチに感じた」
「作ったのが可愛い男の娘って補正もあると思うけどな。まあ、それを抜きにしても美味しいが」
前回の差し入れを思い出し顔がにやける部員達。緩やかな空気になりかけたが、一人の部員が爆弾を放り込んだ。
「そう言えば俺、自分でも作ってみようと思って吊し柿の作り方を調べてみたんだ。そしたら妙な事が分かったんだ」
「妙な事?何が分かったと言うんだ?」
「吊し柿は干してから完成まで大体三週間かかる」
疲労が重なっていて本調子ではないとはいえ、ここは陸軍でも優秀な者が集まる情報部だ。すぐに彼が感じた違和感に思い当たった。
「皇帝陛下が救出されたのは、昨年末の二十九日だよな?」
「ああ、まだ三週間経っていない。それなのに、どうやって皇帝陛下お手製の吊し柿を中佐は食べたんだ?」
出張に出た関中佐は帰り次第部員達から尋問を受ける事が確定したようである。




