第三百八十話
小さい漁港で思い出したが、俺は去年の暮に海軍を嫌悪する祖先が船乗り(というか海賊)な人と知ったばかりだった。
「優君、何か心当たりがありそうだな」
「はい、祖先が船乗りで海軍を今でも嫌悪している人と知り合いまして」
各大臣の視線が俺に集まる。いや、現状でどこの誰とも分からない人に皇帝陛下の潜水艦を託すつもりか。海軍はそこまで嫌われたのか。
「情報の開示は相手に話しても良いか聞いてからですね。国の組織である海軍を嫌悪しているのです。国家に敵対する者と誤認される恐れもありますから」
軍が国家の一部である以上、軍に歯向かうイコール国に歯向かうという図式も成り立つ。来島の人達が国家も嫌悪しているとは思わないが、そうこじつけられる以上本人達に話して良いかを聞くべきだ。
「最後に陛下、陛下と殿下の来日は公表してもよろしいのですね?秘匿しておきたい事項などあればお聞かせ下さい」
「情報の公開は全て日本帝国政府にお任せする。秘匿せねばならぬ事も無い故、良しなに頼む」
「分かりました。夕方に記者会見を開き、陛下と殿下の亡命を公表する事と致します。お二方には当面迎賓館にて滞在をお願い致します」
総理の言葉を受けてSPが一人部屋を出て行った。多分補佐官に記者会見の手筈を取るよう伝えに行ったのだろう。
「二人には本当に世話になった。そなたらが居なければ私は命を落としアナスタシアは天涯孤独の身となっていただろう」
「陛下と殿下をお救い出来た事、嬉しく思います」
皇帝陛下が俺の手を握り、次いで父さんの手も握る。俺も父さんもしっかりと握り返し陛下の謝意を受け取った。
「本当にありがとうございました。縁さんと舞ちゃんにもよろしくお伝え下さい」
殿下とも握手を交わし別れを惜しむ。この後どうなっていくか分からない。俺は軍属だしお二人に関わる事もあるかもしれないが、母さんと舞はもう会えないかもしれない。
「陛下、お車のお仕度が整いました。こちらにどうぞ」
先程退室したSPが五人のSPを連れて戻って来た。そのまま陛下と殿下を囲み周囲を警戒しながら部屋を出て行った。
「さて、これで今日のお役目は御免かな。ロシア皇帝陛下に皇女殿下、閣僚の方々と同室するなんて夢にも思わなかったよ」
陛下と殿下の退室で気が緩んだ父さんが愚痴を溢す。しかし、それは少々早かったようだ。
「さて、滝本医師。お疲れの所を申し訳ないが我らの診断をお願い出来るかな?」
「えっ、はっ、はいっ!」
皇帝陛下と皇女殿下は退室されたが、閣僚の皆様方はまだこの部屋に残っているのだ。そして全員が父さんの診断を受ける為に囲んでいる。
「ふむ、診断結果が他の大臣に筒抜けというのもマズイな。診断は控えの部屋にて行おうか」
総理の言葉で俺と父さんは初めに通された控室で待機し、訪れる大臣の方々を父さんが診断していった。俺達は全大臣と関中佐の診断を終えると来た時と同じ車で家まで送られたのだった。
父さん「中佐、ストレス性胃炎になってますよ。それと過労気味ですね」
関中佐「全ては海軍が悪い、海軍がっ!」




