第三百七十五話
「こちらで少しお待ち下さい」
首相に通された部屋には高級そうなソファーが置かれ、飲み物が用意され自由に飲めるようになっていた。そして正面に置かれた大画面のモニターには別室の様子が映し出されている。
「あれは隣室です。間もなく臨時会議が始まります」
部屋には円卓が設置され、十人以上が座っている。関中佐の説明によると、全大臣と天皇陛下の執事長らしい。
その背後には立派な体格の黒服が数人と官僚らしきスーツ姿の人が二人立っている。黒服は警備のSPで、スーツ姿の二人は嘘を見抜くスキル持ちだと説明された。
「全く、年始のこんな時間に理由も言わず多忙な我らを集めるとは・・・総理は何を考えているのか」
「君にそれをぼやく資格はない。黙って待っていろ」
「外務大臣、何か知っているのか?知っているなら」
不機嫌そうにぼやく海軍大臣を外務大臣が嗜める。外務大臣が召集の理由を知っていると踏んだ海軍大臣が聞き出そうとしたタイミングで総理大臣が入室した。
「さて、待たせてはマズイお人を待たせている。さっさと始めようか」
遅れてきた上に時間がないと言う総理大臣を海軍大臣は睨みつける。他の出席者が海軍大臣を睨んでいる事には気付かないようだ。
「集まった理由、海軍大臣だけ知らされてないみたいですね」
「彼が元凶なんだがなぁ・・・」
モニターを見ながら関中佐と雑談を交わす。視線に物理的な攻撃力があったら即死させられてるだろうという程の視線を集めているのに、海軍大臣は気付く様子がない。
「さて、海軍大臣。君の辞表はいつ貰えるのかな?私としては今すぐにでも出して欲しいと思っているのだが」
「いきなり何を言い出すのやら。総理、正気ですか?」
「私が正気かどうかは、他の方々を見れば分かると思うのだが?」
いきなり辞表を出せと言われた海軍大臣は総理の反論に他の出席者を見渡す。そしてやっと自分に対して冷たい目で見られている事に気が付いた。
「な、何だと言うのだ。私が何をしたと言うのだ!」
「何もしなかったから問題なのだ。年末の呉での騒動、我らが知らぬと思ったか?」
「呉?基地が何者かに襲撃された事か?確かにそれを報告はしていなかった。しかし、それは海軍内部での出来事だ。報告しなかった事で責められる謂れはない」
海軍大臣は大声で抗弁する。しかしそれは出席者の怒りの火に油を注ぐ事になった。
「うわぁ、この期に及んでしらを切るみたいですね」
「出席者全員、奴のせいで酷い目に遭ってるからな。あれは悪手だろ」
コーヒーを飲みながら海軍大臣の悪足掻きを見物する。足掻かずに諦めれば少しは傷も浅くなるかもしれないのに。
「では、現在も続いている広島の騒動は何だと言うのかな?」
「あ、あれは密入国者を捜索しておるのだ。その取締は我ら海軍の管轄だ」
海軍大臣の言い訳を聞いた所で関中佐が立ち上がる。陛下と殿下、俺と父さんも立ち上がった。
「そろそろ出番ですな。隣室に向かいましょう」
中佐の先導で廊下に出て隣室に入る扉の前に立つ。陛下と殿下を見たら、海軍大臣はどんな顔をするのかな。




