第三百七十二話
翌日の昼、関中佐がやって来た。本来は休める筈のお正月だが、疲労の色が濃いのが見て取れる。
「明後日の四日、陛下と殿下に首相官邸にて政府要人とお会い頂きたいと・・・」
「無論異存は無い。中佐には苦労をかけるがよろしく頼む」
ニックが快諾したので中佐はホッとしている。偉い人達にプレッシャーをかけられているのだろう。
「中佐、その吊し柿は自家製じゃが中々の味じゃぞ」
「いただきます」
話が一区切りついたので自家製吊し柿を中佐に勧めた。好みに合ったようで一気に食べきった。
「市販の物と比べても遜色ない・・・いや、市販の物よりも美味しいですね」
感想を述べた中佐はもう一つ手に取り食べだした。それを嬉しそうに眺めるニック。
「中佐、その吊し柿は皇帝陛下のお手製じゃよ」
「えっ、ええっ!」
中佐は俺か家族が作った物だと思っていたのだろう。予想外すぎる製作者に吹き出しそうになっていた。
そんなハプニングはあったが当日の打ち合わせをして中佐は戻って行った。情報部員さんへのお土産に吊し柿を二十個程渡しておいたが、そちらは俺が作った吊るし柿だ。
「弘樹、済まないな」
「いや、ニックのせいじゃないから・・・」
要人との会談に臨むのはニックとアーシャ、滝本優と滝本弘樹の四名となっている。今更だが父さんの名前が弘樹だ。
襲撃犯を捕らえた俺と、毒を受けていたニックを診察した父さんの証言が必要になるかもしれない為同行を要請された。
「父さん、ロシア帝国皇帝陛下を愛称で呼んでおいて閣僚に気後れするって・・・」
ついでに言うなら、息子は神の使徒である。本人もそれを意識していないが、そこに突っ込むのは野暮というもの。
「アーシャ、お父さんとお兄ちゃんをよろしくね」
「お父さん、ニックの言う事をちゃんと聞いて下さいね」
「お前ら、自分達は行かないからって言いたい放題だな・・・」
母さんと舞はお家でお留守番である。長く家を空けているので、そろそろ帰って換気や掃除をやっておきたい。それも関中佐に話して許可は取ってある。
「それじゃあ俺はチェックアウトして家に向かうよ」
「ここに居ながら全員が東京から埼玉に行けるって、我が息子ながら滅茶苦茶な能力だな」
広島から東京までも同じ移動法を使ったけれど、あの時は皆眠っていたからね。あまり実感も湧かなかったのだろう。
ホテルのフロントで手続きをして外に出る。支払いは陸軍がしてくれるのでスムーズに手続きは終わった。
「おい、あれ!」
「狐巫女さんだ。新年早々縁起が良いな」
通りかかった人達に注目されるのは覚悟していたけど、拝むのは止めて欲しい。俺を拝んでも御利益はありませんからね。
空歩で空に駆け上がり、人が居ない公園を見つけて優に戻る。近くにあった地下鉄に乗り国鉄に乗り継いで我が家へと帰還した。




