第三百六十九話
陛下と殿下にお参りの作法を伝え、料理を奉納し詣でる。母さんが供えた料理の皿は一瞬で見えなくなった。
「料理が消えた!」
「このお社に奉納すると直接宇迦之御魂神様にお届けする事が出来るのです」
「それは・・・神の領域に繋がるなんて・・・」
神への供物が本当に届けられると説明すると、陛下は驚き呆然としていた。俺限定だけど神のお言葉を聞けると教えたらどんな反応をするだろうか。
我に返った陛下を連れて屋内に戻る。陛下は父さんと日本酒を飲み、殿下は舞とネットで動画を見ている。
「母さん、来島の人達に海軍の動きは来島と無関係だと知らせた方が良くない?」
「あっ、そうね。教えられる範囲で教えた方が伯母様も安心するわ」
俺達は海軍の不穏な動きが陛下と殿下の亡命と奪還しに来た勢力の襲撃によるものだと理解した。しかし、来島の人々は何も知らされていないだろう。
そして、海軍はまだ陛下と殿下を陸軍で保護した事を知らされていない可能性がある。もしそうならば広島付近は物々しい事になっているかもしれない。
どこまで話して良いか関中佐に確認したい所だけど、軍の情報部に来島の事を勝手に話すのも躊躇われる。
「優ちゃん、どこまで話しても良いのかしら?」
「とりあえず、不穏な動きは海軍内部の問題で来島に影響は無いと伝えれば良いと思うよ。来島の事を関中佐に話せればもう少し詳しく話せるけど」
来島も陸軍も海軍を嫌っている。ならば協力関係を築く事も出来るかもしれない。現状で何が出来るか分からないけど、情報交換出来るだけでも互いに有用なのではなかろうか。
「そうね、来島の伯母様と優ちゃんがお仕事で協力するというのも面白そうね」
俺達は屋敷から出て母さんにスマホで来島の伯母様に電話してもらった。情報には感謝されたが、来島の事を明かすかは話し合わなければ返答出来ないとの事。正月で一族の主だった者達が集まっているというので提案はしてみるそうだ。
リビングに戻ると、父さんと陛下は酔い潰れて眠ってしまっていた。なので母さんが父さんを運び、俺が皇帝陛下を運んで布団に寝かせた。
「お父様は皆の前ではいつも皇帝らしくあろうとしていました。酔って眠ってしまうなんて初めてです」
陛下は配下の人達にも隙を見せぬよう気を張っていたのだろう。実権が無くとも、いや、無いからこそ威厳を損なわぬようにと振る舞っていたのかもしれない。
「皇女殿下も、せめてこの迷い家では気を張らずにお休み下さい」
「ありがとうございます。では、皇女ではなくアナスタシアと呼んでいただけますか?」
嬉しそうな顔で言われてしまい、拒否するという選択をしにくい状態に。だからと言って皇女殿下を名前呼びというのはかなりハードルが高い。
公式には天皇家と同格の神使だろ!というツッコミが聞こえてきそうだが、こちとら普通のサラリーマンだったのだ。
「・・・わかりました。非公式の場所のみ、ですよ」
悩んだ挙句の折衷案を答えると、アナスタシアさんは嬉しそうに微笑むのだった。




