第三百六十一話
情報部で予約を取ってくれたホテルを聞く。対応してくれた部員さんはとても丁寧でこちらが恐縮してしまいそうになるのを頑張って抑えた。
部員さんから見れば玉藻は非常事態でとても忙しい時に訪れた部外者だ。多忙な時にホテルの予約を取らせるなんて手間を掛けさせた存在、少々対応がぞんざいになっても仕方ない。
なのに至極丁寧な対応をしてくれた。皇族相応の待遇とお達しがあるとはいえ、それを感情面が受け入れられるかは別なのだ。
指定されたホテルに入ると、来客にお辞儀をしかけた従業員さんが驚きの表情を浮かべて一瞬固まった。それでも声を出さなかったのは流石プロだと感心させられる。
「陸軍情報部で予約をされておる筈なのじゃが」
「はっ、はい。受け賜っております。すぐにご案内致します」
フロントでチェックイン作業をしようと思ったが、手順を全てすっ飛ばして部屋に案内された。本人確認すらやってない。内規的にはどうなんだ?と思ってしまうが、二尾の狐巫女なんて俺以外に居ないから必要無いのかな。
最上階から三フロア下の特別室に通された。最上階ではないのは屋上からの襲撃を防ぐ為と何かで読んだ事がある。
部屋の説明を受けボーイさんが退室したので迷い家に入る。皆はもう寝ているだろう。
「あれっ、父さんまだ起きてたんだ」
「陛下と殿下、母さんと舞はもう寝たけどな」
リビングに入ると父さんがお茶を飲んでいた。俺も自分のお茶を淹れて父さんの正面に座る。
「父さんもかなり疲れたでしょう」
「ああ、精神的にな。天皇陛下と同等のお方とお会いするだけでなく、診察して言葉を交わすなんて夢にも思わなかったよ」
父さんの気持ちはよく分かる。俺も天皇陛下とお会いした時は凄く緊張したからね。
「陛下も殿下も気さくなお方だから良かったよ。母さんはいつもと変わらない様子だったし、舞なんて皇女殿下とかなり親しくなったみたいだ」
「皇女殿下にモフモフを勧めてたからなぁ。うちの女性陣、肝が据わりすぎてない?」
父さんと俺は揃ってため息をついた。畏まってお世話が出来ないよりは良いと前向きに考える事にしよう。
「優が出た後デザートに果実を食べる事になったのだが、陛下が果樹園を見たいと仰せになられてな。季節外れの果実がたわわに実っているのを見て凄く驚かれていたよ」
前世のロシアではビニールハウス栽培も行われていたようだけど、この世界ではモンスターの脅威もあるし温暖な地域で生息する果樹の栽培は行っていないだろう。
となるとリンゴやブドウといった寒冷地でも露地栽培できる果樹は出回っていても、桃等の果実は手に入らなかった可能性がある。
「自ら果実を収穫されて美味しそうに食べていたよ。皇女殿下も舞とお喋りしながら楽しそうにお食べになられていた」
現状で皇帝陛下と皇女殿下の勘気を受ける事は無さそうで一安心だ。この先どう転ぶか分からないので暫く保護するという事もあり得る。
「関中佐からいつ連絡があるか分からないから、俺は外に居る必要がある。父さんには心労をかけるけどお願いね」
母さんと舞は大丈夫そうだけど、父さんの胃にストレスで穴が開くなんて事にならなきゃ良いな。




