第三百六十話 とある陸軍省にて
電話を掛ける為に退室していた者も戻り会議の続きが始まった。
「それでは関中佐、詳しく聞かせて貰おうか」
「はっ。事の発端はとある一家が広島観光におもむいた事でした。呉の軍艦案内に行くと、密入国者の捜索の為中止だと追い返されたそうです」
「海軍には軍艦という分かりやすい看板があるからな。我らも広報に力を入れないと」
中将の一人が悔しげに呟く。この世界には戦車も自走砲も装甲車も存在しない為、総火力演のような大衆にアピールするネタに苦労しているのだ。
「一家は広島市内に戻り広島城を見学に行きましたが、道中海軍兵士を複数回目撃し身元の確認もされたそうです」
「まあ、密入国者を捜索しておると言うのなら当然の対応だろうな」
「そして広島城の内堀を越えた所で女性の悲鳴を聞いたそうです。軍属の長男が駆けつけた所、軍服を着た男二人が銀髪の男性と少女に対峙していました」
一同はここまでの話に思う所は無いようで、関中佐の話に真剣に耳を傾けている。
「長男に気付くと軍服の男は陸軍情報部の者だと騙り、密入国者捕縛の邪魔だから去れと命令。しかし長男は情報部所属の軍属だった為、部内で通じる話を持ち出しおかしな返答をした男達を偽物と断定したそうです」
「ほう、そこで本物か判断できる話題をすぐにして真贋を見極めるとは・・・かなり有能な軍属のようだな」
賊に騙されず見極めを行った優に出席者達は高い評価を下した。しかしその内容が干し芋とバナナチップスとは夢にも思うまい。
「見破られた賊はナイフで攻撃しましたが長男は反撃し一人を無力化。もう一人の賊は銃で攻撃しましたが同じく無力化しました」
「銃か。モンスターには無効だが人には有効と聞く。その軍属は家族旅行中で非武装だったろうに。よく無力化出来た物だ」
「彼は着せ替え人形というスキルを保持しており、予め登録した装備に瞬時に変える事が出来ます。それを使い銃弾は大盾で防いだそうです」
関中佐の返答を聞き場がざわめく。それが要人警護にどれだけ有効かここに居る皆が瞬時に悟っていたのだ。
「そして皇帝陛下と皇女殿下の身分を確認し私に連絡してきました。私は広島に出張していた二名の部下を派遣し賊を引き取らせ、皇帝陛下と皇女殿下は軍属とその家族と共に帝都へと向かっております」
「そうか。本来ならその部下に皇帝陛下と皇女殿下の護衛をさせたい所だが、賊の確保も重要。そして事件の重大さから地元の者に任せられないという判断だな」
「その通りです。ロシア皇帝陛下の件がどこまで知らされているのか不明だった為、一般の部隊を関わらせて情報が漏れるのは防ぐべきと判断致しました」
現状知りえる全てを報告した関中佐は口を閉じ、会議はその後の対応に議題が変わっていった。尚、皇帝陛下の毒の件に触れなかったのは治療した方法を開示出来なかった為だ。
そして長い会議は終了し、政府への確認が終わるまで皇族父娘は滝本家が匿う事が決定した。




