第三百五十九話 とある陸軍省にて
ここは陸軍省にある会議室のうちの一室。草木も眠る丑三つ時だと言うのにこの部屋は煌々と明かりが灯され十人程の男が不機嫌そうな表情を隠そうとせずに座っていた。
「それで関中佐、年末のこんな時間に我々を呼び寄せたのだ。余程の重大事なのだろうな?」
陸軍中将以上のお歴々が座るこの会議室。彼らを強引に集めたのは情報部の長である関中佐だった。お偉いさん方は説明もなく強引に帝都へと呼び集められたのだ。
「勿論です。帝国にとっての重大事であり、海軍を糾弾できる機会が・・・」
「御託はいい。とっとと本題に入ってくれんか?」
中佐の言葉を乱暴に遮った中将は、年末年始を地元で過ごすべく北海道に里帰りしていた。しかし関中佐により軍用輸送機にて帝都へと戻されたのだった。
「皆様にお聞きします。現在ロシア帝国皇帝陛下及び皇女殿下が庇護を求めて来訪されております。どなたかこの報告を受けておられるでしょうか?」
「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」
関中佐の問い掛けに会議室内の時間が停止した。誰もが思考停止に陥り何も発言できない。
「ちょっ、ちょっと待て。それは確かな情報なのか?そんな報告は陸軍大臣たる私にさえ上がっていないぞ」
「勿論確定情報です。広島にて賊に襲われていた皇帝陛下と皇女殿下に偶然我軍の軍属が遭遇しました。彼は賊二名を捕縛し皇帝陛下と皇女殿下を無事に保護致しました」
一気に騒然とする会議室。国が分裂状態とはいえロシア帝国の皇室ともなれば徒や疎かにして良い存在ではない。
もしも本当に来日しているならば厳重な警護を付けた上で相応の宿泊施設に滞在して頂かなければならない。
となればその段取りは外務省が中心となり陸軍にも協力要請が入るのが当たり前だ。陸上での警護は陸軍が担当するのが妥当だからだ。
「そんな話は聞いておらん。外務省は我らを蚊帳の外に置くつもりなのか!」
「いえ、どうやら海軍が政府にすら通達していない可能性が高いと思われます。これは明らかに海軍の暴走であり、我らは政府とも協議して善後策を講じなければなりません」
「もう年末で官僚や政府要人も休みに入っている。事が事だけに松が明けてからなどと悠長な事は言っていられぬか」
居並んだ陸軍の重鎮達は強引に集められた理由と事前に説明が無かった理由を理解し納得した。
「政府と外務省への接触は私がやろう。皆もサポートや地方からの人員の輸送のバックアップを頼む」
陸軍大臣が政府筋への確認を請け負い、協議や事後処理に必要な人材が地方に居る場合の輸送手段構築を大将や中将に依頼した。
「ところで、皇帝陛下と皇女殿下は安全なのであろうな。我らの庇護下で襲われたとあっては恥を晒す事となる」
「その点についてはご安心を。詳しくは申せませんが、ある意味皇居よりも安全な場所に匿われております」
中佐の自信に溢れた発言に一同は安堵した。そして一旦会議は中断となり、各自は必要となる連絡を入れていくのであった。




