第三百五十六話
「陛下、お手を拝借致します。私は医師で接触する事により正確な診察を行えるスキルを保持しております」
「手だけで良いのか。それは便利なスキルを持っておられますな」
父さんの言葉を疑う事無く手を差し出す皇帝陛下。その手を取った父さんは目を閉じて集中し、すぐに目を開くと結果を話す。
「毒は完全に抜けて健康な状態です。後遺症の心配もありません」
「良かった・・・あの状態から助かるとは思いませんでした」
皇女殿下か染み染みと呟いた。父親が毒に倒れ、刺客に追い込まれて味方が誰一人居ない状況だ。諦めてしまっても皇女殿下を責める事は出来ないだろう。
「皇帝陛下、皇女殿下から軽く状況をお聞きしましたが、いくつか質問をさせて下さい。私は陸軍情報部の軍属なので、上司に報告して善後策を練ります」
「うむ、我らが頼れるのは君達しかおらぬ。答えられる事は全て答えよう」
皇帝陛下との質疑応答で分かったのは、ロシアを脱出したのは今月の初めだった事。日本帝国海軍と接触した後、潜水艦と乗員がどうなっているかは分からない事。
呉に十日以上滞在していて、海軍からは帝都に向かう準備をしていると言われ続けていた事。脱出時に持ち出した財貨は潜水艦に積んだままという事だ。
「この情報を上司に伝えても宜しいでしょうか?」
「勿論構わぬ。そなた達なら悪いようにせぬと信じておる」
危機を助けたとはいえ、皇帝陛下からの信頼が厚い。当然皇帝陛下と皇女殿下のためになるよう動くつもりだけど、皇帝陛下ともあろうお方がそんなに簡単に初対面の人間を信じて良いのだろうか。
「父さん、一旦外に出て関中佐に連絡してくる。母さん、舞、一旦モフるのは中止な」
話に参加していなかった母さんと舞は、ずっと俺の尻尾をモフっていたのだ。故国を出たとはいえ天皇陛下と同格であるロシア皇帝陛下の前でその行動はどうなのだろうか。
「お父様、狐巫女様の尻尾はモフモフでフカフカなのです」
「そうなのか。触ってみたくはあれど女性の尻尾に触るのは失礼にあたるからな」
皇女殿下、そこで皇帝陛下までモフモフ教に勧誘しないで下さい。そして皇帝陛下、そう言っておきながら尻尾を凝視しないで下さい。
「母さん、そろそろ夕飯の支度をお願い」
「あら、もうそんな時間なのね。わかったわ」
母さんに夕食の支度を頼み外に出る。東京では関中佐がヤキモキしているだろう。
「中佐、連絡が遅くなってすまぬ」
「玉藻様・・・という事は明かされたのですね」
関中佐は玉藻用のスマホを使い玉藻となって連絡した事で皇帝陛下父娘に玉藻の正体を明かしたと瞬時に分かってくれた。
「陛下の解毒が遅れた場合、後遺症が残った可能性もあったからのぅ。もしそうなったら後悔してもしきれぬ」
「軍の者としては玉藻様の判断に感謝を述べたいと思います」
陸軍としては折角保護した皇帝陛下の御身に何かが起こっては困るだろう。だから軍人としては感謝を述べているが、それにより俺に面倒事が増える危険性を考えると個人としては忸怩たる思いがある。そう言外に告げていた。




