第三百五十三話
「皇女殿下、はるばるロシアから日本に、この広島にいらした経緯をお教え願いますか?」
「はい。私達親子は極東の小さな村に隠れ住んでいました」
大氾濫で近衛隊と共に脱出した皇帝家は東へ東へと進んだらしい。途中モンスターの襲撃で人数を減らしながら彷徨い、辿り着いたのは海軍の秘密研究施設があった村だという。
「そこでは隠された地中港で潜水艦が研究・建造されていました。しかし海軍の者はモンスターに全員やられてしまっていたそうです」
その後持ち出した財を少しづつ使う事で生活を安定させ、残された資料を精査。研究し代を重ねて今代で完成に漕ぎ着けた。
「しかしロマノフ家の財宝を狙う者に嗅ぎ付けられ、試験する事無く出港したのです。その際、時間を稼ぐ為に多くの者が残りました」
近衛隊の子孫の犠牲により食糧などの必要物資を積み込んだ潜水艦は追っ手が迫る中を出港。日本海にて日本帝国海軍の駆逐艦隊と接触し庇護を求めたという。
「私達親子だけは日本の艦に移され呉の港に滞在する事になりました。しかし基地で騒ぎが起き避難する事になったのです」
その際誘導に当たっていたのが連中の仲間で、偽物と見抜いた海軍兵士と交戦になった隙を突いて逃走。彼女らの目には本物と偽物の区別がつかず逃げ回っていたがあの二人に見つかったそうだ。
「お父様が倒れ、私もこれまでとなった時に救われたのです。本当にありがとうございました」
「あ、いえ、頭をお上げ下さい」
国を出たとはいえ皇族である事は紛れもない事実だ。そんな高貴な御方に頭を下げられるのは精神的にキツイ物がある。
「しかし日本語がお上手ね」
「私達の逃亡先は日本と決まっていました。なので幼い頃から教えられたのです」
母さんが話題を変え皇女殿下は素直に答えた。極東から潜水艦で脱出するから一番近い日本を目標にしたのだろうか。
話が一段落したタイミングで関中佐からの着信が入った。すぐに応じて通話する。
「優君、広島の部隊の動きは止めたし部下の二人はそちらに向かっている。あれから判明した事はあるかな?」
「皇帝陛下御一行は祖国を潜水艦で脱出、皇族のお二方のみ帝国海軍の艦で呉に来たそうです。しかし海軍軍人に化けた者が襲撃、戦闘となり隙を見て逃走されたそうです」
陸軍がこの情報をどう扱うかは分からない。お二人を渡して恩に着せるのか、陸軍で保護し海軍の不手際を責めるのか。
「分かった。犯人の二人は向かっている者に引き渡してくれ。出来ればお二方の保護を頼みたい。それが最も安全を確保できる手段だからだ。しかし、これはお願いであって強制ではない」
その言葉を最後に通話は切れた。関中佐が言う安全を確保出来る手段、それは迷い家だろう。あそこに保護すれば如何なる勢力であろうとも手出しをする事は完全に不可能となる。
しかし、それを行うには滝本優が玉藻である事と迷い家というチートスキルを保持している事をロシア皇帝一家に明かす事となる。
だから命令ではなくお願いという形にしたのだろう。その選択を俺にさせる為に。




