第三百五十二話
「あ、あの、助けていただきありがとうございます。私はアナスタシアで、父のニコライです」
「アナスタシアさんですね。私は医師の滝本と申します。妻と息子、娘です」
落ち着いた所でアナスタシアさんがお礼を言い自己紹介をした。こちらも代表して父さんが紹介する。しかし、これは想像以上の大事件に巻き込まれてしまったようだ。
「アナスタシアさん、先程言ったように俺は陸軍情報部に属する軍属です。お父さんを助ける為にも情報部の力を借りたい。貴方方の素性を報告してもよろしいでしょうか?」
「優、素性って・・・この人達の事を知っているのか?」
会うのは前世でも今世でも初めてで、ついでに言うと憶測でしかない。だけど前世でこの名前を告げられればその素性に思い当たる人は多いだろう。
「貴方は私達の事をご存知なのですか?」
「これは推測ですが・・・ロマノフ家のお血筋のお方とお見受けしました」
アナスタシア皇女は驚きの表情を浮かべながらも首肯して俺の推測が正しかった事を認めた。
「お兄ちゃん、ロマノフ家って?」
「ロシア帝国を統治していた皇帝の血筋・・・つまり、ニコライ様は皇帝陛下でアナスタシア様は皇女殿下であらせられる」
百年以上前に消息不明になった、今は国としての体を成さぬ帝国の皇帝家の名を覚えている日本人は少ない。両親や舞が知らないのは当然だった。
「御身をお守りする為にも上司に連絡する必要があると考えます。どうかご許可を」
「今の私達は国を捨てた流浪の身、貴方達を頼るしか無いのです。全てをお任せいたします」
皇女殿下の許可を得たので関中佐に電話をかける。中佐に更なる心労が溜まる事は確定だが、俺の手に余る問題なので仕方ない。
「中佐、いきなりすいません。今広島方面に情報部の人は派遣されていますか?」
「どうしたんだ優君。お母さんの実家に里帰りすると聞いていたが岡山じゃなかったか?」
「色々ありまして・・・ロシア皇帝ニコライ陛下とアナスタシア皇女殿下を保護し、襲っていた自称陸軍情報部員を昏倒させてあります」
電話の向こうで関中佐がフリーズしているのが目に見えるようだ。いきなりロシア皇帝親子を保護したなんて爆弾を落とされ、更に自称自分の部下が皇帝親子を襲っていたと告げられたのだ。そりゃフリーズするよな。
「ちょっと待った、何がどうしてそうなる?何処からロシア皇帝親子なんて国際問題必至の事態に?」
「俺もまだ詳しい話は聞いていません。皇帝陛下は刺客の手により毒に侵され、数日の猶予しかありません。現在広島城北東の内堀沿いの林に居ます。増援と一般陸軍部隊への牽制をお願いします」
銃声で広島城の駐屯地に居る陸軍の部隊が調査を行っているだろう。それを止めてもらう必要がある。
「分かった、すぐに手配する。幸い広島に二人行っている。出来るだけ早く向かわせよう」
後は情報部の人を待つしかない。その間に何故ロシアから日本に来たのか、何故広島に居て刺客に襲われていたのかを皇女殿下に聞いておこう。




