第三百五十話
俺を見つけて驚きの表情を見せる少女。それに気付いた二人が振り向いて俺を見る。これは特大の厄介事に巻き込まれたようだ。
男性と少女は綺麗な銀髪で、その前に立つ二人は軍服らしき服を着ている。普通に考えれば昼に聞いた密入国者とそれを追う海軍軍人だろう。
「まだ子供か。ここは危ないから離れなさい」
「危ない?その二人が密入国者だからですか?」
これがどんな状況なのか分からない。少しでも話をして情報を引き出す事にしよう。
「そうだ、制圧はしたが油断は出来ない。民間人を巻き込む訳にはいかない。早く逃げ給え」
「へえ・・・では貴方達は海軍の軍人さんですか。それにしては呉や広島に居た兵士さんや士官さんと軍服が違いますね」
彼らが着ている服は海軍の軍服に似ているが違う物だった。夕暮れで見にくい状況だが俺の目は誤魔化せない。
「俺達は海軍ではなく陸軍の情報部だからな」
前述した通り、この広島城の一角には陸軍部隊の駐屯地が存在する。だから海軍のお膝元と言えるこの地に陸軍の軍人が居ても不自然ではない。
「へぇ、陸軍の情報部の方達ですか。時にお二方、干し芋とバナナチップスはいかがですか?」
「干し芋?何を言っている。さっさと此処から離れなさい!」
それを聞いた俺は突進して勢いを乗せたパンチを繰り出す。いきなりの行動に面食らった自称情報部員は左右に分かれて避けた。
「いきなり何をする!軍に歯向かうつもりか!」
「運が無かったね、俺は陸軍情報部所属の軍属なんだよ」
陸軍の軍人を騙った以上、こいつらの味方をするという選択肢は無い。俺が取るべき選択はこいつらを叩きのめして銀髪の二人を保護する事だ。
「ちっ、もう少しだというのに!ならば消すまでだ!」
二人の男はナイフを取り出した。左右から同時に襲い掛かって来たが、新装備のトンファー剣で両方同時に防いだ。
「こいつ、こんな物を何処から取り出した!」
「さて、何処からでしょうねっと」
ナイフを弾き左の男の腹を蹴飛ばす。手加減少なめの蹴りは見事に鳩尾に入り、倒れ伏した男は起き上がる事が出来なかった。
「くそ、何らかのスキルか。だがこっちにはこんな物もあるんだよ」
ナイフを捨てた男は黒光りする鉄の固まりを懐から取り出した。
「拳銃か。また珍しい物を」
「ほう、よく知っているな。何故かこの国では使われていないが、人間相手なら充分に殺す事が出来る武器なんだよ」
余裕の笑みを浮かべて銃を構える男は勝利を確信しているようだ。俺の身体能力ならぱ避ける事も可能だが、背後にいる二人に弾が当たる可能性が高い。
「お願い、逃げて!」
「残念だが逃がしはしないよ。首を突っ込んだりしなければ死なずに済んだ物を」
流暢な日本語で逃げるよう叫ぶ少女。しかし男の方は逃がすつもりは無さそうだ。もっとも、俺も逃げるつもりは更々無い。
「じゃあな。あばよ、邪魔者」
夕暮れの広島城に大きな銃声が数回鳴り響いた。




