第三十五話
帰りたい。それが嘘偽りのない俺の心境だった。女体化に対する懸念を言い出したのは学校側であり、俺は親切心から支援級という私案を述べたに過ぎない。
「それを決めるのは教師の方々のするべき仕事で、俺は私案を述べただけです。それをやるもやらないも学校側の判断次第で、生徒である俺は従うだけですよ」
「いや、それはそうなのだが・・・」
「学生である俺に出来る事は無さそうなので、これで失礼します。処遇が決まりましたらご連絡をお願いします」
営業スマイルを浮かべて言い放ち、退出しようと席を立つ。咄嗟に引き留めようと手を伸ばす校長先生を無視して校長室を出るとそのまま学校を出た。
帰り道、ICレコーダーとスマホの録音を止めた。スマホをポケットに仕舞おうとすると着信が入る。知らない番号だったが念の為出てみる事にした。
「こちらはギルド2222ダンジョン支部ですが、滝本優君ですか?」
「はい、滝本です」
「先日の騒動の件ですが、加害者が撮影していた動画をTHKが番組で使用したいとの申し出がありました。動画の著作権はギルドに移管されていますが、当事者の滝本君の同意が必要な為に連絡させていただきました」
通話先も用件も意外だったので少し面食らってしまった。THKは帝国放送協会の略称だ。前世で強制的に受信料を徴収していたあの組織のような物と考えてもらえば分かり易い。
「その番組とはどのような内容の物になるのでしょうか?」
「ダンジョン内での犯罪行為に関する考察をする番組となります。犯罪行為が撮影された事例として流す物で、被害者である滝本君に不利となる内容ではないとの事です」
前世の公共放送と違い、今世の放送協会は他国に阿った偏向報道なんて行わない。まあ、前世で阿っていた半島国家が存在しないのだからやりようがないとも言える。
「それなら構いません。大丈夫だとお伝え下さい」
「了解しました。つきましては、内容に関する契約などもありますので近日中にこちらに来ていただければと思いますが如何でしょうか?」
「それなら明日にでもお伺いいたします」
明日に行く事を伝えて通話を切った。態々契約書を作るなんて面倒では、と思ってしまうが口約束で済ませて後にトラブルになるより余程良い。
帰宅、夕食の時に学校で言われた事と帰り道に受けた通話の内容を家族に話した。
「生徒に助けを求めるって、教育者として恥ずかしいと思わないのか・・・」
「これは想像以上に圧力掛けられたのかしらねぇ・・・」
学校に関しては父さんは呆れ、母さんは少し楽しげに感想を語った。そして明日ギルドに出向く事は特に反対されず、朝一番に向かう事となった。
「優も地上波で全国デビューか」
「番組、録画しておかないと」
「お兄ちゃん、芸能事務所からスカウトが来ても断るのよ!」
どこか楽しげな家族達。舞は真剣な表情でとんでもない事を言っているが、少しTHKで映るだけなのでそんな事はあり得ない。
この世界のジャンルが恋愛とかラブコメならばそれもあり得たかもしれないけれど、ダンジョンやスキルのあるローファンタジーなのだから。
実は現代ものの乙女ゲーを元にした世界でした、なんて事は無いよな。無い・・・と思いたい。