第三百四十七話
「まずは謝罪せんとな。縁達を呼び出したのは私で、高梨家は何も知らず従っただけなんじゃ。引っ越しの件も知らせなんだ」
集まっていた人達がほぼ話をせず、母さんと来島の叔母様で話しをしていたのにはそんな理由があったのか。
「で、これからの話が本題ですか。姉さん達にも聞かれたくない話ですか?」
「そうじゃ。妹も元は来島の者じゃが、今は高梨じゃけん。ちゅう訳でこれからの話は他言無用じゃ。舞には席を外してもらうかの?」
母さんは父さんと顔を合わせ、次いで舞の顔を見る。舞はまだ子供だが、秘密をおいそれと漏らすような事はしない。
「舞ちゃんも家族よ。一人だけ除け者にはさせないわ。舞ちゃん、内緒の話は守れるわね?」
「もちろん、誰にも言わないわ」
舞は玉藻という超弩級の秘密をこれまで守ってきた実績がある。その言葉を疑う余地は全くない。
「なら話を進めようかの。優、おんしは軍属になったと聞いたが間違いないか?」
「ええ、間違いありません」
隠す事ではないので素直に認める。そして母の叔母の次の言葉を待った。
「では、最近海軍の動きが可怪しいのじゃが何か知っとりゃせんか?」
「海軍が、ですか。俺は陸軍の軍属なので海軍の情報は全く知りません。陸軍は海軍と仲が悪いので」
情報部では何か掴んでいるかもしれないが、一介の軍属に海軍の動向なんて態々話したりはしないだろう。
「そうか・・・」
「叔母様、何で海軍の話が出てくるのですか?叔母様の家は普通のみかん農家ですよね?」
落胆した叔母様に母さんが質問を投げ掛ける。家業がみかん農家なら何故海軍の動きを探っているのか。そもそも、何故海軍の動きを掴めているのか。
「うちの一族は海軍と仲が悪いんじゃ。もっとも、今では海軍はこっちなんて眼中に無いじゃろうがな」
「海軍と仲が悪い・・・ちょっ、来島って!」
叔母様の話を聞いて、俺は一つの可能性に行き着いた。確証の無い仮説だが、海軍を嫌う理由なんてこれしか思い浮かばない。
「お兄ちゃん、何か知ってるの?」
「ああ、昔瀬戸内一帯を勢力下に収めていた村上水軍。その軍は大まかに三つの勢力に別れていて、そのうちの一つの拠点が来島という島だった筈だ」
現在でも村上水軍の末裔は残っていて、村上という苗字が多い地域もあるという。来島の一族が村上の分家だとしたら海軍嫌いというのも納得だ。
「本州の者にしてはよう知っとるのぅ。我らは村上水軍の末裔じゃよ。世に知られぬよう名を変えておるがの」
「じゃあ、私を関東にやったのは見合いさせるのにあの人が邪魔だったからじゃなく、あの人が海軍の士官だったから?」
「そうじゃよ。もしあれが海軍の者でなければ、そのまま交際を認めておったじゃろうな」
これで謎が一つ解けた。見合いさせる為に海軍士官から遠ざけたのならば、何故父さんとの結婚には横槍が入らなかったのか不思議だった。
母さんと交流を絶ったとはいえ、高梨の家は母さんの預け先と定期的に連絡をしていただろう。なのに父さんと母さんの交際が邪魔されなかったのは海軍の者では無かったからだったんだ。




