第三百二十九話
「お兄ちゃん、図書館に付き合って」
「もちろん良いぞ」
今日は土曜日。学園は休みだが、まだ午前中なので両親は医院で仕事をしている。特にやる事も無いので本を返却に行く舞に付き合う事にした。
「どんな本を読んだんだ?」
「えっとね、『君にも突ける経絡秘孔』という本なの。ツボ治療に興味があって」
その本、出版社が民◯書房という所じゃないだろうな。怪しすぎるぞ。
「すいません、返却をお願いします」
「はい・・・ご利用ありがとうございました」
本を返却窓口に返して確認してもらう。期限内の返却なのであっという間に終了した。
「ほら、遠慮なんかするなよ」
「そうそう、俺達が親切丁寧に教えてあげるから」
静かである筈の図書館に男の声が響く。声がした方を見ると、席で勉強しているらしい二人の女の子に二人の男が絡んでいる。
「あなた達、図書館では静かにして下さい!」
「あん?俺達はこの子達に勉強を教えてあげるって言ってるだけだ。この図書館は人の親切心を踏みにじるのか?」
女性の司書さんらしき人が注意したが、男達はどこ吹く風で逆に恫喝する始末だ。強い口調に司書さんは怖気づいてしまっている。
「お兄ちゃん・・・」
「ああ、見過ごせないな」
俺は舞と一緒に絡まれている女子の所に向かう。舞をあんな男達の近くに連れていきたくないが、離れていて何かあったら大変だからな。
「いい加減にしたらどうだ。ここは本を読んだり勉強したりする所でナンパする所じゃないぞ」
「はぁ?何だお前は。関係無い奴は引っ込んでな!」
諌められた男達はいきり立って俺を睨むが、女の子達は分かりやすい位に嬉しそうな顔をした。
「た、滝本君!」
「助けて下さい、こいつらしつこくて!」
女の子達は俺の事を知っているみたいだ。でも、俺はこの子達に覚えがない。何処で会ったのだろうか。
「私達同じ中学の同級生で・・・」
「一緒のクラスになった事は無かったけど滝本君は有名人だったから」
成る程、転校前の中学の同級生だったのか。元から助けるつもりだったけど、その理由が一つ増えたな。
「おいおい、イカ学園の生徒である俺達が勉強を教えてやろうって言ってるんだぜ」
「そっちから頭を下げて感謝するべきなんだぞ」
イカ学園は隣町にある少し偏差値が高い学校だ。早くから選択式カリキュラムを採用するなど先進的な試みで創立時はかなり話題になった。
「あっ、そうなんですね。俺は受験しないから全く興味無いのでどうでも良いです」
「ベルウッドはエスカレーターだもんね」
俺の発言を舞が補強した。ベルウッドは大概の生徒がそのまま高等部に進むから、外部を受験するなんて考えない。まあ、俺は高等部に進まず士官学校に入る事になるのだけどね。
「べ、ベルウッド生だとっ!」
「待て、ベルウッドだから頭が良いとは限らねえ。金持ちのボンボンという可能性もある!」
確かにその可能性はあるが、それならそれで上流階級の子女に喧嘩売った事になるのだがそれは良いのかな?
「それはそれで問題だろ。上流階級の家に喧嘩売った事になるからな。まあ、うちは普通の町医者だからその心配は無いけどな」
こいつら、本当にイカ学園の生徒なのだろうか。本当だとしたら偏差値と頭の良さは比例しないという実例かな?




