第三百十話
二十二階層は草原だった。草は俺の膝から太ももくらいの高さで生えていて、その影に潜み奇襲をかけるには持って来いの地形だった。
「草の中から魔法や舌で攻撃されたらちいと厄介かもしれぬ、そう思っていた時が妾にもあったのじゃ」
「その心配は無さそうですね」
一部が盛り上がった草原を見て呟くと、井上上等兵が律儀にも返事を返した。背の高い草の塊とも見える物体はゆっくりと動き出す。
「いくら名前がビッグトードだからって、あそこまで大きくなくても良いと思いません?」
「全く同感じゃな」
緑色の塊の正体はビッグトードの背中だった。その大きさは八人乗りのワゴン車くらいある。全身緑の体に二つの黒い目がついている。その目の下に横一線の赤い筋が生まれた。
「舌じゃ!」
開かれた口から猛烈な勢いで舌が迫って来た。冬馬伍長と井上上等兵は右に、久川上等兵は左に避ける事に成功した。
「くっ、戻りが速い!」
冬馬伍長は伸びた舌を切ろうと剣を振ったが、剣が当たるよりも速く舌が戻り空を切る事になってしまった。
空歩で上に逃れた俺は、そのままビッグトードの頭上まで駆けて飛び降りそのまま背中に蹴りを炸裂させた。
「むう、まるでゴムの固まりを蹴ったような感触じゃ」
柔らかい体が衝撃を分散させて軽減しているのだろう。蹴られたカエルは反応もせず、大きな水球を生み出した。
「こっちも結構速いが、これくらい!」
「伍長、避けて!」
カエルは冬馬伍長に向けて水球を発射した。近くに居た井上上等兵は走って逃げ、久川上等兵が逃げるよう促した。しかしその声は間に合わず、水球は冬馬伍長に直撃する。
「うわっ、冷たい!」
水球を盾で防いだものの、水球はその形を崩して飛び散った。冬馬伍長の盾は小さい物なので、全身を守る事など出来ない。結果、冬馬伍長は散った水を浴びて濡れ鼠になってしまった。
「あれがこのカエルが厄介と言われる理由の一つじゃな」
「着替えを持って潜るなんて事は無いですから、ダンジョンから出るまで濡れたままになりますね」
先程冬馬伍長が実演したように、水球を防いでも飛び散った水を全て防ぐ事は出来ない。それを忘れて盾等で防ごうとすれば久川上等兵が言うようにダンジョンから帰るまで濡れたままでいるしかなくなる。
「蹴った感触では打撃系もかなり緩和されそうじゃ。お主の戦鎚が効くと良いのじゃが」
「では背後から仕掛けます」
久川上等兵はカエルのターゲットにならないよう大回りをして背後についた。その間残りの三人で攻撃を仕掛けるふりをして舌と水球を躱す事に専念しカエルの意識を引き付ける。
水球が俺目掛けて打ち出された瞬間、久川上等兵がカエルに走り寄りそのいきおいも乗せて戦鎚を叩き込む。緑色の背中は大きく凹み、衝撃で開いたカエルの口から短い悲鳴が漏れた。
「おおっ、玉藻様の蹴りより久川の戦鎚がきくとは!」
「走った勢いも乗せた良い攻撃じゃったな。じゃが、代わりに久川上等兵にヘイトが移ってしもうた」
カエルは久川上等兵を難敵と認定したようで、攻撃を久川上等兵に集中しだした。前世のMMORPGでヘイト管理を学んでおくべきだったかな?




