第三百九話
「まあ、影兎は素早さとスキルの為に攻撃力と防御力が犠牲になっておるからのぅ。セオリーとなっておる注意事項を守れば大怪我はせぬじゃろう」
入手した地図によると、このダンジョンの二十一階層は荒野らしい。これが森林や洞窟だとあちこちに影があるのでそこからの奇襲もあり難易度が高くなるのだが、荒野ならば気をつけるのは自分達だけの影で済む。
体力も回復したので迷い家を出て渦へと入る。いつもと違い光源に対して横並びの陣形をとり歩く。これは影が交錯して影兎が出てくる場所が分かりにくくなるのを防ぐためだ。
全員が横並びになっていれば影兎は並んだ影のどれかから出てくる。俺達は影の方だけに集中すれば良いので楽になる。
「来ました、二時の方向、速いっ!」
久川上等兵の叫びに視線を向けると、真っ黒な影がこちらに向かって来ている。しかし剣や槍も届かない距離で黒い影は跡形もなく消え去ってしまった。
「潜りよったな。影を警戒じゃ!」
各々が自分の影に向かって武器を構える。狙われたのは井上上等兵だった。影移動で槍の内側に入り込んだ影兎だったが、中央付近を両手で持ち棍のように用いた井上上等兵は蹴りを槍で受ける事に成功した。
弾かれた影兎はその力も利用して後ろに跳んだ。再び影に入るかと思いきや、影兎は姿勢を低くして井上上等兵に突撃していく。
足元を狙われた井上上等兵は槍を突いたが、残念な事に穂先は影兎を捉える事は出来なかった。槍が繰り出された瞬間、井上上等兵の影に潜ったのだ。
冬馬伍長の影から飛び出した影兎だったが、伍長の小盾に阻まれてしまう。しかも同時に払われた剣で傷を負ってしまった。
咄嗟に盾を蹴って躱そうとした為深手とはならなかったが、左足を傷付けられた影兎に先程のような動きは出来ないだろう。
それでも影に潜り継戦の意思を示した影兎だったが、速さが売りの影兎。足を負傷しては勝ち目がない。俺の影から飛び出してきたが明らかに遅くなっており、扇で空中に弾き飛ばした。
飛ぶ事が出来ない影兎は単なる的と化した。好機を逃さず突かれた井上上等兵の槍が漆黒の身体を貫き、光と共に魔石へと変化した。
「速いですが対応出来ない程ではありませんでしたね」
「油断しなければ何とかなりそうです」
「・・・何も出来ませんでした」
今回久川上等兵はターゲットにされなかったから仕方ない。会敵が一度きりという事は無いだろうし、戦う機会は訪れるだろう。
その後三回の戦闘を行い二十二階層への渦に辿り着いた。ここでまた迷い家に入り休憩をしておく。
「二十二階層は妾も初体験じゃな」
「敵はビッグトードですね」
捻りのない名前なのでどんなモンスターかは想像がつくだろう。単純に大きなカエルである。
「奇襲ヘビとスタンスラッグを連れてくれば三竦みじゃな」
「試さないで下さいね。これはフリじゃありませんから!」
迷い家に誘導して連れてくれば実現出来そうだが、やっても三匹揃って襲ってくるのがオチだろう。
「真面目な話、注意すべきは水球と伸びる舌じゃな。早めに距離を詰めた方が良さそうじゃ」
冬馬パーティーも俺も完全に初見のモンスター。気合を入れて戦おう。




