第三百八話
「まさか溶かすとは思わなんだ」
ブロンズゴーレムを撃破し迷い家で小休止。炬燵に入り蜜柑を食べながら戦闘を振り返る。
「狐火よりかなり火力が上がっておる。そうと知っていれば腕か足を狙ったのじゃが」
「銅の融点ってどれくらいでしたっけ?」
「確か千八十四度じゃな」
鉄の千五百三十八度には負けるが千度を越えている。神の炎なのだから人間が作り出せる温度を越えられるのも当然か。
「トドメを神炎が刺したとはいえ、それまでの戦闘に危ない所は無かったと思うておる。この階層を越えるのに充分な実力はあると判断して良かろう」
「迷い家で回復出来るとはいえ、出来ればあれの相手はしたくないです」
実感が籠もった声で井上上等兵が呟く。彼女の槍では有効なダメージを与える事が出来ないからキツイだろうな。
リーチが長い槍だからブロンズゴーレムの攻撃を避けやすいが、通用しないと分かっている攻撃をやり続けるのはやる気を削ぐだろう。
「今回の目的は先に進む事じゃからな。無駄に時間をかける事もあるまい」
反対意見も出なかったので、その後に遭遇したブロンズゴーレムは神炎で頭部を焼いていった。一撃を食らわないように出来るだけ遠距離から仕留めていく。
無事二十一階層への渦に辿り着き、早めの昼食をとる。作る手間を省くのとストックを消費する為レーションで済ませる。
「玉藻様は影兎との戦闘経験はお有りなのですよね」
「うむ、妾は二十一階層までは経験しておる。じゃが、有効なアドバイスをする事は出来ぬ」
俺の返事に三人は首を傾げる。実際に戦った俺から戦う際の注意点等を聞きたかったのだろう。なのに拒まれるとは予想外だったようだ。
「影兎は影を移動して奇襲をかけてくる。これは公表されておる故に知っておるな?」
「はい、軍のデータベースにも載っています」
一般に公表されている内容が軍のデータベースに無いなんて事は無いだろう。井上上等兵が当然とばかりに即答した。
「その怖さはパーティーの誰が狙われるか不明な点にある。更に、前衛を無視して後衛に接近戦を強要されるのがいやらしい」
前衛よりも先に後衛を潰すのはRPGのセオリーだ。しかし、それを現実で敵にやられてはたまらない。
「それで後衛を守るよう動くとその前衛が奇襲されるらしいしのぅ。慌てて攻撃しようにも、また影に入られてそれも叶わぬ」
「玉藻様はそれに対処なされたのですよね。それをお聞きしたいのですが」
「妾は対処などしておらぬよ」
予想の斜め上を行く回答に三人は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。俺は続けてその理由を話す。
「妾はソロで潜った故に、影兎が狙うのは妾しかおらぬ。前衛も後衛もないわい。影に潜っても出てくるのは妾の影と分かっておる。出てきた所を叩くのみじゃ」
「うわぁ、完全な影兎対策ですね」
影兎が厄介と言われる要素を潰したからな。狙った訳じゃなく、結果としてそうなっただけだけど。
「ソロならば影兎戦は楽かもしれませんが、ソロではそこまで行けませんよ」
「玉藻様にしか出来ない影兎対策ですね」
冬馬伍長と久川上等兵の言う通り、この対策は俺にしか出来ないだろう。だから有効なアドバイスが出来ないと言ったのだ。




