第三百一話
家族がこんな思いをするならば玉藻を使って解決するべきかと思い始めた時、玄関から来客を告げる電子音が鳴った。
あの弁護士かと警戒しつつインターホンのモニターを見ると、身なりの良い壮年の男性が立っていた。
「どちら様でしょうか?」
「私、黒田家にて家宰を務めます高塚と申します。滝本先生にお目にかかりたいのですが」
自己紹介をし、軽く頭を下げる高塚さん。凛とした立ち姿に品のある振る舞いは家宰という役職を務める者だという話を信じさせる物だった。
「少々お待ち下さい」
黒田家という家がどういう家かは知らないが、家宰を雇う程の家ならばかなりの家柄なのだろう。急いでリビングに戻り父さんを呼ぶ。
「父さん、黒田家の家宰という人が来ているのだけど」
「家宰?華族の関係者か。母さんと舞は二階に退避、優は一緒に居てくれ」
どんな用件で来たかは不明なので母さんと舞は会わないようにする。俺は暴力沙汰になった時の戦力として父さんと同席する。
「どうぞこちらに」
父さんに案内された高塚さんがリビングに入ってきた。俺は人数分のお茶を淹れて父さんの横に座る。どんな話になるか分からないので、スマホとレコーダーで録音する。
「まずは連絡も無しに訪問した非礼をお詫び致します。本日伺いましたのは、青木子爵家の件です」
この人はうちが青木家から慰謝料を請求されている事を知っているのだろうか。このタイミングで青木家の事を持ち出す以上、知っていると思うのが妥当だろう。
「侯爵様はお嬢様をお救いされた滝本先生の現状を知りかなりお怒りになられています。青木子爵家に制裁を下し、馬鹿な真似を止めさせるよう動いております」
「お嬢様・・・あの患者さんは侯爵令嬢だったのか」
つまり、この間父さんが新潟で診断した患者さんが黒田という侯爵家の令嬢だった。そしてうちの窮状を知り家宰さんを寄越してくれたと。
「父さん、患者さんの身元を知らなかったの?」
「ああ、聞かなかったぞ。情報を伏せる一番の方法は知らない事だからな」
確かに嘘を見抜くスキルなんて物があるこの世界では嘘をつき通すのは難しい。なので知らないというのが最も簡単で確実な情報秘匿の方法だ。
「お嬢様の診断の帰りに巻き込まれた事故でのトラブル、黒田家にはそれを解決する義務があると侯爵様は仰られております」
「それは助かります。正直、どうしようかと途方に暮れていたので・・・」
「対応が遅れ先生とご家族が苦労なされた事、大変申し訳なく思います。早急に対処致しますので、あちらが何を言ってきても対応する必要は御座いません。その際はこちらにご連絡をお願い致します」
高塚さんは懐から名刺を取り出しテーブルに置いた。そして立ち上がると頭を深々と下げる。
「お嬢様をお救い頂いた事、侯爵家の使用人一同を代表してお礼申し上げます。本当にありがとうございました」
高塚さんが帰った後、母さんと舞を呼んで顛末を説明した。まさかこんな形で解決の目処が立つとは思わなかったな。
「玉藻ちゃんを動かして解決すべし」というご意見を頂きましたので、少々解説を。
作中世界の人達は極少数を除いて玉藻ちゃんが優君だと知りません。それを前提に玉藻ちゃんが動いた場合どうなるか考えます。
関中佐が玉藻ちゃんに相談し動いたとした場合、関中佐は軍属の個人的なトラブルを軍属でも無い外部の協力者に漏らした事になります。
情報を扱う部署の責任者が部下の個人情報を外部に漏らした事となり、部長職解任だけでは済まない処罰を受けるでしょう。
優君が関中佐から玉藻ちゃんに話してもらったという形にすればそれは免れますが、優君が関中佐を介して玉藻ちゃんを動かせるという実例を示す事となり優君や家族が狙われる事となります。
なので玉藻ちゃんを動かすのは最後の手段としてやらなかったのです。




