第二百九十九話
父さんが医師会本部に呼ばれた日、家に帰った俺が見たのは燃え尽きて真っ白になった某ボクサーばりに疲れ果てた父さんの姿だった。
「父さんただいま、随分と消耗してるね。かなり激しく詰問されたの?」
「いや、まだその方が楽だったかもな。途中までは詰問してくる理事に答えて何人かの理事が俺を擁護してくれていたのだが、途中から理事達の間で言い争いになってな。俺は完全に蚊帳の外だったよ」
父さんは下手に口も出せず、しかし帰る訳にもいかず理事達の争いをただただ聞いている事しか出来なかったそうだ。
「あれ、完全に俺を出汁にした派閥争いだよなぁ。迷惑だったらありゃしない」
「大病院とかだと医師の派閥争いがあるって聞くけど、医師会でもあるんだ」
人が三人集まれば派閥が生まれるとはよく言われるが、それの争いに巻き込まれるのは勘弁してほしい。
「しがない町医者だからそういうのは無縁だと思ってたんだが・・・」
「父さんの能力でしがない町医者は無理があると思うよ」
父さんのスキルは一介の町医者である事が可怪しいくらい有用だ。俺はそれを実感させられたばかりだ。
「優ちゃん、今日も関中佐が来てくれるそうよ。お父さんの呼び出しの件を聞きたいようね」
「それじゃあ干し芋とドライフルーツを増産しておくかな。また同じ物になるけど、今から手の込んだ物を作る時間はないからなぁ」
干し芋とドライフルーツならば乾燥させる時間を省けるので短時間での量産が可能だ。迷い家さんにはお世話になりまくりだ。
そして関中佐へのお土産とうち用の物をそれなりの数用意出来た頃に関中佐がやって来た。
「お邪魔します。これ、つまらない物ですが」
「いつもありがとうございます」
母さんが関中佐に渡されたのは箱に入った羊羹だった。なんでも佐賀で江戸時代から作られている由緒ある品らしい。
「先生、今日医師会から呼び出された件ですがやはりあの事故の件ですか?」
「ええ、半分はそうなのですが・・・」
父さんはその時の状況を説明し、青木家の干渉と医師会内部の派閥争いが原因という推測を述べた。
「馬鹿馬鹿しい、言い掛かりも良い所ですな。まさか警察はそんな言い分を鵜呑みにしないとは思いますが、念の為探りを入れておきます」
「お手数をお掛けします」
「私も医師会にはちょっとした私怨がありましてね。ついでにそれを晴らさせてもらいますよ」
前に父さんが協力してくれた際、医師会が文句を言ってきたそうだ。多忙な時に下らない用件で時間を取られた事を恨んでいるとの事。
とりあえず関中佐から警察への探りを入れて医師会には牽制する事で話は終わった。関中佐の仕事を増やしてばかりで本当に申し訳ない。
「中佐に何かを報いる事が出来れば良いのですが、俺に出来るのは簡単なおやつを作る事くらいで・・・」
「いやいや、あのスイーツで充分ですよ。前回頂いた物も私の口には半分も入りませんでしたから」
「えっ、まさか、もう無いのですか!」
うち用の作った分も含めて渡すと、中佐は嬉しそうに受け取って帰っていった。いくら何でも食べ飽きると思うけどなぁ。




