第二百九十七話
翌日の夕方、関中佐が訪ねてきてくれた。手土産に渡された箱には登り鮎と書いてあるが、多分菓子折りだよな?
「わざわざ足を運んでいただき恐縮です」
「いえいえ、冬馬伍長の所に顔出ししていましたから」
関中佐の事だから、うちに気を使わせない為に冬馬伍長の所に行ったついでだと口実を作ってくれたのだろうな。
「昨日伺ったお話ですが、少々調べてみました。どうやらあの事故を起こした車両の運転手が青木子爵の末子だったようです」
「それで事故の原因を隠蔽しようと・・・」
「それと、沼田署の方は青木子爵家の干渉を跳ね除けています。署長に弁護士の事を伝えると憤慨していましたよ」
警察が華族に屈していないと知れたのは大きな収穫だ。いざとなったら群馬県警に頼るという選択肢も取れそうだ。
「しかし、相手が子爵家というのは面倒ですな。我ら軍でも迂闊に手を出せません」
この世界の華族はそれなりの特権を持っている。不逮捕特権のような強権ではないが、軍でも下手に手出しすると手痛い反撃を喰らうらしい。
「玉藻様の件でうちに接触してくる華族も居ますが、伯爵家や侯爵家に借りを作るのも後が怖いですから」
「玉藻と面会させろ、程度ならまだ良いですが・・・何を言ってくるか分かりませんからね」
ただ玉藻とコネを作りたいというだけなら応じても良いと思うが、婚姻で一族に引き入れようと考える者も多分居るだろう。
「まあ、うちは持ってるデータは全てコピーして沼田署に渡しているし証言出来る事も全てした。証言を翻した所で事故の動画という物的証拠がある以上どうにもならんと思うがなぁ」
「それはまともな人間の考え方です。弁護士を使って脅しを掛けるような人間の考えはまともではありませんから」
そんな人間が爵位を賜っている事が問題だが、今それを言っても仕方ない。
「もしもの時は陸軍で御一家の安全を確保します。情報部で使っている秘匿拠点で匿えば手出しは出来ないでしょう」
「それは有り難いですが、部下の人達から苦情が出ませんか?」
もし俺達が秘匿拠点で匿ってもらうと、その間情報部の人達はそこを使えなくなる。軍と無関係の騒動で情報部の部員さんが割りを食うとなれば不満が出るだろう。
「心配には及びませんよ。軍属とその家族の安全を守るという大義名分がありますし、ご子息から頂くスイーツは我々の癒しですから」
その後も話し合ったが、相手の出方を見ないと対処も出来ないという事で情報を集めつつ静観する事となった。
話が終わり帰ろうとする関中佐にありったけの干し芋やドライフルーツを渡したが、却って迷惑になっていなければ良いが。
その翌日の午前中、医院の方に日本医師会から父さんを呼び出す電話が掛かってきた。用件は伝えられず、ただ明日の十時に医師会の本部に出頭するようにとだけ言われたそうだ。
このタイミングでの呼び出しなんて、例の件に決まっている。父さんは医師会から何を言われるのやら。




