第二百九十六話
取り急ぎリビングに戻り母さんと舞に二階へと避難してもらう。そしていつもの録音機を用意して父さんの所に戻った。
「お待たせしました」
「遅い!これだから平民はっ!」
平民だと見下しているが、こいつも平民だろうに。まさか、華族からの依頼を受けているからと自分も華族と同列だと思っているのか?
「ではご用件を伺いましょうか」
「お前ら、この間の高速道路で起きた事故の現場に居たな。その時に動画とか撮っていないだろうな」
「私も息子も救助と治療に手一杯でそんな余裕ありませんでしたよ」
こんな話をしてくるという事は、あの事故の当事者の誰かが青木子爵家の関係者なのだろう。面倒な事にならなければ良いが、もう遅いような気がする。
「いいか、あの事故は追い越し車線を走っていた車両を走行車線を走っていた車が急に進路変更して道を塞いだ為に起きた。それを肝に銘じろ」
父さんも俺も何も言わない。うちは事故が起きる前から録画されたドラレコのデータをコピーして沼田署に渡してある。目撃者を脅した所で手遅れなのだ。
しかし群馬県警の上層部が子爵家に阿った場合話は変わってくる。それを考慮して慎重に動く必要があった。
「変な気は起こすなよ、お前らが何を騒ごうと青木子爵家にかかれば黙らせる事なんて簡単なんだからな」
弁護士は言いたい事を言うと帰って行った。玄関に塩を撒き、厳重に施錠して母さんと舞をリビングに呼んだ。
「・・・と言う訳だ。恐らくあの暴走車の運転手が青木子爵家の関係者なのだろうな」
「うちを突き止めたのはSNSの動画からか沼田署から漏れたのか。前者だと思いたいなぁ」
警察が華族に個人情報を渡したなんて考えたくない。警察が敵に回るなんて厄介過ぎる。
「極端な話、警察はいくらでも犯罪をでっち上げる事が出来るからね。証拠や証言を扱うのは警察なのだから、家宅捜索をして持ち込んだ証拠品を捜索時に発見したとしてもバレる可能性は極めて低いし」
「まあ、それが可能というだけで実行しないと思いたいな」
「保険にドラレコのデータとインターホンの録画データ、それとさっきの話の録音データを関中佐に送って相談するよ」
関中佐には余計な負担をかける事になってしまうが、子爵家がうちに対して何らかのアクションを起こす可能性が高い。
「俺が玉藻だと明かせば宮内庁を通じて抑えられるけど・・・」
「それをしたら子爵家より厄介な連中が押し寄せるからな。だからそれは本当にどうしようも無くなった時だけだ」
皇族と同列と公認された玉藻ならば子爵家の動きを封じる事も出来るけど、父さんが言う通りもっとたちの悪い奴等を引き寄せる事になるだろう。
「まあ、うちは何も言わず様子を見よう。そうすれば華族様も町医者にちょっかい出したりしないだろう」
という父さんの決断に従い、俺達は事故に関しては何も発信せず普通の暮らしに戻った。しかし二日後にはその考えが甘かったと思い知るのだった。




