第二百九十五話
あの事故はマスコミでも大々的に取り上げられた。居合わせた人がスマホで現場を撮影していたらしい。それがSNSにあげられてバズり、動画がテレビにも提供されたようだ。
おかげで水曜日に登校した時はまたクラスメートに囲まれてしまった。月曜日ではないのは、SNSにあげられたのが月曜日で、火曜日にバズり水曜日の朝のニュースから一斉に報道されたからだ。
「なんか、出掛ける度にトラブルに巻き込まれてない?」
「林原さん、それは言わないお約束だよ」
分かっていても口に出さない方が良い事もあると思います。せめてオブラートに包んでほしい。
そんな事情で精神的に疲れた日の夕方、家に招かざる訪問者が訪れた。インターホンが鳴ったので確認しに行く。
「どちら様で?」
「私は弁護士の相澤と申します。滝本医師はご在宅ですかな?」
俺は返事をせずに少し考えた。何故弁護士がうちを訪ねてきたのか。普通なら来訪する前に電話するし、何らかの訴訟絡みならば来訪せずに内容証明郵便を送ってくる。
なのにこの弁護士は直接訪ねて来た。俺が知る限り、滝本家は訴訟を起こしても起こされてもいない筈だ。こいつが来た理由が分からない。
「すいません、所属している弁護士会と登録番号を教えていただけますか?」
「はあっ、何でそんな事を言わなきゃならんのだ!兎に角親を出せ!」
「見ず知らずの自称弁護士さんを無条件で信じろと?両親は今多忙なのでお引き取りを」
実際、両親は医院を閉める作業で忙しいので嘘は言っていない。勝手に追い返すのは正しいかどうか分からんが、こいつは怪しすぎる。
「ちっ、生意気なガキだ。一度しか言わないからな!」
自称弁護士が言ったデータを弁護士会のホームページで確認すると、確かに資格を持った弁護士である事はわかった。だからと言って信用は出来ないがな。
弁護士というと「お固い職業」「法の番人」というイメージがあるが、それは大きな間違いなのだ。弁護士と言ってもピンキリで、イメージ通りの人も居れば犯罪者紛いの人も居る。
「ほれ、所属を言ったのだから早く入れろ!」
「貴方が弁護士である事は確認しました。で、ご用件は?」
確かに弁護士なのだろうが、まともな弁護士とは思えない。初めは丁寧な口調だったが、すぐにらんぼうな口調になる辺り客商売をしている自覚は無さそうだ。
「てめぇ、いい加減にしろよ。こっちは青木子爵家の依頼で来てるんだ、平民の医師なんて路頭に迷わせるくらい簡単なんだぞ!」
「子爵、ねえ。華族様の依頼と言う事はわかりました。ですが、虎の威を借る狐宜しく脅すと言うのはまともな弁護士のやる事ですかね?」
当然ながら華族様ならば平民に何をしても良いなどと言う事はない。もしも身分を盾に平民を脅したなどと広まれば、お上が真偽を確認した上でそれなりの処罰をされる。
「優、どうしたんだ?」
「あっ、父さん。青木子爵家の依頼を受けたという弁護士が来ているのだけど・・・」
俺が玄関から戻らないのを知った父さんが様子を見に来てしまった。そしてインターホンを通じてその事を弁護士にも知られてしまった。
「おっ、父親が来たか。俺は青木子爵家の代理人だ。早く入れろ!」
こんな奴を家に入れたくないが、父さんの表情を見るにそうもいかなくなりそうだ。母さんと舞には二階に避難してもらおう。




