第二百八十一話
「波に乗ってきたこの時にダンジョンに潜れないなんて!」
「冬馬伍長、無理をして悪化させるのは逆効果じゃ。武器転換の訓練に明け暮れてきたのじゃろう、少し休養すると考えればええ」
冬馬伍長は武器種が変わらなかったが、井上上等兵と久川上等兵はこれまでと違う武器を扱うために猛訓練をしてきた筈だ。ここで休養をとって心身を休めるのも良いだろう。
「冬馬伍長、心配せずともすぐに働かせてやる。だから短い休養期間に休んでおけ」
「関中佐、脊椎圧迫骨折は治癒までに二ヶ月以上はかかります」
この症例は完治まで大体二ヶ月から六ヶ月かかるらしい。冬馬伍長の場合完全に折れた訳ではなくヒビが入った状態なので最短の二ヶ月と判断したそうだ。
「滝本医師、それは普通に治療した場合だろう。ならば普通ではない手法で治癒を早めれば良い」
「治癒を早めるって、治癒魔法使いを呼ぶおつもりですか!」
関中佐の答えに久川上等兵が叫んだ。治癒魔法使いの数は少ない。外部に依頼をすれば高い報酬を要求される上、それ以前に治癒魔法使いを抱える組織へのコネが無ければ依頼すら出来ない。
関中佐ならばあちこちにコネがあると思われるので依頼をする事は出来るかもしれないが、全治二ヶ月の上等兵の為に多額の予算を注ぎ込む事が承認されるだろうか。
「外部の治癒魔法使いに頼むのは無理でしょう。しかし、我が帝国陸軍にも極少数とはいえ治癒魔法は所属していますから」
どこから呼んでくるのかは知らないが、関中佐が呼べると言うのなら呼べるのだろう。彼は実現性の低い話をする人ではない。
「久川、玄関にストレッチャーを置いてある。上部の担架を切り離して井上と一緒に持って来い。冬馬を移す準備をする」
「はっ、了解しました!」
久川上等兵が担架を取りに部屋から出ていく。取り敢えず彼女が戻って来るまでやる事がなくなった。
「滝本先生、先生はもしかして滝本優軍属の親族ですか?」
「ええ、優は息子です。冬馬伍長は息子と共にダンジョンに潜られたそうですね。その節はお世話になりました」
苗字が同じなので親族と推測したのだろう。冬馬伍長は父さんに頭を下げられ戸惑っている。
「頭をお上げください。世話になったのは我々の方です。ご子息は強いだけでなく確固とした信念をお持ちでした」
そこからは冬馬伍長による褒め殺しが始まった。当人が居なくてもその父親相手に悪く言う事はしないだろうしリップサービスもあるのだろう。しかし聞いている当人は溜まったものではない。
なのに玉藻と優は別人という事になっているので無表情を貫かなければならない。そしてそれを父さんと関中佐は知っている。
「遅くなりました!・・・って、随分と盛り上がっていますね」
そこに久川上等兵が井上上等兵と共に担架を持って戻ってきた。これでこの話題から離れられると安堵したのだが。
「井上、久川。こちらの滝本先生は滝本優軍属のお父様だそうだ。優君とダンジョンに潜った時の話をしていたんだよ」
期待に反して話題が変わる事はなく、語り部が三倍に増えただけとなってしまった。これ、いつまで続くのかなぁ。




