第二百八十話
「おい、あれ見ろあれ!」
「狐巫女さんだ!あの尻尾モフりたい・・・」
「え、あれ?巫女さんの尻尾、二本あったように見えたけど見間違いか?」
帝国が誇る高速鉄道は一分の遅延もなく定刻通りに大宮駅に到着した。繁華街もある大宮駅ではこの時間でも多くの人が行き交っている。そんな所に巫女服を着た狐獣人が現れれば注目されない筈がない。
優に戻っていれば人目を集める事もなかったのだが、人の目や監視カメラがある列車内や駅構内で戻るのはリスクが大きすぎる。その為目立つのを覚悟で玉藻のまま改札を潜り西口へと進んだ。
集まってくる人達を撒く為に空歩を発動して夜空へと駆け上がる。目指すは駅から北西の方にある大きな駐車場だ。そこに関中佐がトラックで待機しているとメールが来ていた。
目的の駐車場上空に来ると点滅している明かりが見えた。そこに降りると四トントラックの脇で関中佐と山寺中佐が立っていた。
「玉藻様お疲れ様です、中にお入り下さい」
山寺中佐に促され荷台に入る。俺に続いて関中佐も入ると扉が閉められた。中にはストレッチャーが置いてあり、その横に父さんが待っていた。
「夜分にすまぬ。早速診察を頼むぞえ」
ここには全てを知っている人達しかいないが、用心の為玉藻として父さんに接する。そして迷い家の入口を開きストレッチャーを押して迷い家に入った。
「玉藻様お疲れ様です・・・関中佐、どうしてここに?そしてその人は?」
「井上上等兵、話は後だ。この人は協力者の医師だ。迷い家の事も知っているので安心してくれ」
俺と共に入ってきた関中佐に驚き、初対面の父さんに警戒する井上上等兵。詳しい説明は後回しにして診察を優先する。
「久川上等兵、入るぞ」
「その声は関中佐?!ど、どうぞ!」
関中佐が声をかけて部屋に入る。面識がない父さんは論外だし、俺だと男性に見られたくない状況だった場合マズイ事になるので妥当な人選だ。
「関中佐が何故ここに・・・それにその男性はどなたでしょうか?」
「玉藻様はもう大宮まで戻られ本官と合流した。この人は診察スキル持ちの医師だ。他の案件でも協力していただいている人で迷い家の事も承知している」
説明を聞いた久川上等兵は少し混乱しているようだ。ダンジョンから出ただけでなく、もう大宮まで戻っているとは夢にも思わなかっただろう。
しかも関中佐と医師まで同行して来るなんて想定外にも程がある。父さんはそんな久川上等兵の脇を抜け冬馬伍長に話しかけた。
「私は医師の滝本と申します。相手に触る事で状態を把握するスキル持ちです。手を握ってもよろしいですか?」
「これはご丁寧に、本官は冬馬伍長です。手を握るくらいなら幾らでもどうぞ」
冬馬伍長はしゃがんだ父さんに右手を差し出した。それを握った父さんは目を瞑って集中する。
「ふむ、脊椎圧迫骨折を起こしている。完全に折れている訳ではなくヒビが入った状態だが、かなりの痛みがある筈だ。手術等の外科治療は必要ないが安静にする必要はあるな」
生命や軍人としての生活が危ぶまれるような状態ではなかったのは良かったが、それでも軽い怪我ではなかった。時間が経てば完治するとの診察に胸を撫で下ろしたのだった。




