第二百七十九話
迷い家を出た俺は交戦を最小限に抑えて進む。草原や荒野などの高さがあるフィールドでは空歩を使って接敵を回避し、迷宮や洞窟のように高さがないフィールドは神炎の連打で時間の短縮を図った。
それでも戦利品の魔石は増えていくので迷い家を開き運び込む。魔石など放って先に進みたい所だが、それの回収が氾濫の抑制に必要なので放置も出来ない。
そのついでに昼食代わりのカロリーバーを取りに行った。リビングで待機していた井上上等兵に冬馬伍長の様子を聞く。
「井上上等兵、冬馬伍長の様子はどうじゃな?」
「かなり痛むのを我慢していたようです。布団に寝かしつけて久川上等兵が監視しているのでご安心を」
カロリーバーと水のペットボトルを持ち再度ダンジョンを進む。飛ぶ上に速度も速い火鷹が鬱陶しい。遠距離で倒すと魔石の回収が面倒なのだ。
それでも十九時頃に地上に戻る事が出来た。ダンジョン通いで俺の身体能力も鍛えられているのかもしれない。
三人を迷い家に入れたまま南を目指す。水中村に医師は常駐していないので最低でも沼田まで行かねばならない。
軍が常駐しているので軍医は居るかもしれないが、検査する機器がどれ程揃っているか不明なので総合病院を探した方が良いだろう。
空中を走りながらスマホを取り出し関中佐へとかける。ダンジョンを出た事と冬馬伍長が負傷した事を報告しなければならない。
「玉藻様、ダンジョンから戻られたのですね。予定よりお早いお戻りですが何かありましたか?」
「冬馬伍長が負傷したのじゃ。背中を強打し強い痛みを感じておるで迷い家に寝かせておる。沼田で医師に診察を頼もうと思うておるが・・・」
「玉藻様、今日は土曜日で総合病院でも救急医しか居ないでしょう。高崎から高速鉄道で大宮までお戻り下さい、お迎えに参ります。切符は高崎駅の窓口に用意させますので」
関中佐の選択はこのまま大宮まで戻るという物だった。俺としては早く冬馬伍長に診察を受けて貰いたいのだが、理由があるのだろうか。
「玉藻様、普通の病院で検査を受けても結果が出るまで時間がかかります。なので滝本医師に大宮まで来てもらい、伍長を診てもらうのが最も早いかと」
「成る程、流石は関中佐じゃ。ならば全速で高崎に向かう故、手配を頼むぞえ」
説明を聞いて納得した。確かにレントゲンだ血算だCTだと検査をすれば時間がかかる。しかし父さんと合流して診てもらえばすぐに状態が判明するのだ。
そして父さんならば迷い家の事も承知しているので、機密保持という点でも最適だ。関中佐はすぐにそこまで考えて提案したのだろう。
「関中佐との縁が出来た正月の事件は、本当にラッキーだったのぅ。父さんを侮辱されたのは許せぬがそれだけは感謝しても良いのぅ」
ひたすら走り続け高崎駅に到着した。土曜日の夜とあって人影は少なかったがいきなり現れた狐巫女に騒ぎが起こる。話しかけては来ないもののスマホを向けてくる人達を無視して窓口へと向かう。
「すまぬ、玉藻という者じゃが陸軍情報部の関中佐から話は来ておるかのぅ」
「は、はいっ!大宮までの高速鉄道の乗車券をお渡しするよう通達がありました。こちらになります」
どうやら事前に発券しておいたらしい特急券と乗車券を受け取る。次の列車まで十分程待ったが自分の足で走るより遥かに早く着く。
俺は到着した列車に乗り込むと大宮への到着予定時刻を関中佐にメールした。




