第二百七十五話
ゴーレムはダメージを与えてきた怨敵に報いを与えんと左腕を薙ぎ払う。しかし久川上等兵はバックステップでそれを躱し距離を取った。
その隙に井上上等兵が鋭い突きを繰り出しゴーレムの右目に命中した。顔面も岩石で出来たゴーレムは眼球も固い。穂先が少し刺さる程度のダメージであったが視力を奪うには充分だった。
ここでゴーレムが話す事が出来るのならば、たかがメインカメラを潰されただけだ!と啖呵を切ったのだろうけど、残念な事にゴーレムは話せない。
攻撃の対象を久川上等兵から井上上等兵へと変更したゴーレムは、残された左目で彼女の姿を追う。しかし、その行為は致命的なミスであった。
片目を潰されたゴーレムは、その前に大きなダメージを与えた相手が居た事を忘れていた。井上上等兵の戦果は目を狙ったからこそ上げられた物だ。
槍の攻撃は致命傷にならない。しかし、久川上等兵の戦鎚はゴーレムを倒せるダメージを叩き出せるのである。
井上上等兵を視線で追ったゴーレムの背後から駆け寄った久川上等兵は、戦鎚を大きく振りかぶると思い切り頭に振り下ろした。
魔力を流され重さが増した戦鎚はゴーレムの生命力を削り切るに足りる威力を叩き出し、光と共に魔石へと変わっていった。
「や、やった、ゴーレムを倒した!」
「見事じゃ、お主らの努力が実を結んだのぅ」
緊張が解けたのかゴーレムが魔石へ変わった後へたり込んだ久川上等兵のもとに二人が駆け寄って抱き合う。
「ほれ、疲れたじゃろうし迷い家で休憩するとしようぞ」
高揚した三人が落ち着くまでに少しの時間を要したが、ここまで順調に来ているので何の問題もない。
「申し訳ありません、見苦しい様をお見せしてしまいました」
「壁を越えて喜ぶ姿を見苦しいなどと思わぬよ。これでお主らも十九階層到達が確定したのぅ」
ここまで来れば到達人数が少ない二十階層到達も見えてくる。夫婦鶏は強敵だが、この三人ならばきっと乗り越えてくれるだろう。
「玉藻様、十八階層は?」
「十八階層はスタンスラッグじゃ。戦いたいと申すなら止めはせぬが、倒す必要はあるかのぅ」
「「「遠慮します!」」」
久川上等兵の疑問に答えると、三人揃って戦いを辞退してきた。まあ、好き好んで巨大ナメクジと戦おうなんて酔狂な女子は居ないでしょうね。
体力を回復させ出会ったゴーレムを倒して進む。流石に時間がかかってしまい十八階層への渦の側で一泊した。
翌朝は出会ったスタンスラッグを避けて十九階層への渦へと走る。
「映像で見るより遥かに気持ち悪いですね」
「あれと戦わなくて良いのは助かります」
「塩をかけて縮む所を見たいかも・・・」
スタンスラッグの実物を見た冬馬伍長と久川上等兵は気持ち悪さに辟易していたが、井上上等兵だけは少し変った感想を述べていた。
「井上上等兵は天然入っていたりするのかのぅ」
「食品見本をつついて本物かどうか確かめるなんて所もありますが、天然と言う訳では・・・いや、天然入ってますね」
冬馬伍長、それバラしても良いのか?本人からの抗議が無いから良いのかな。




