第二百六十九話 陸軍情報部にて
「さて、本日はどうされましたか?」
ここは陸軍参謀本部にある応接室。情報部の長である関中佐はいきなり用向きを話すよう求めた。日本医師会から出向いてきた幹部は中佐の性急な態度に顔を顰める。
「中佐、情報部は我ら医師会に通達も許可も得ず滝本医師に仕事をさせたそうですね?」
「それを何処からお聞きになりましたか?」
「誰から聞いたかは問題ではない。滝本医師に仕事を依頼し受けさせたのかと聞いている!」
質問に質問で返すという失礼な行為に幹部は激昂した。関中佐はため息をつくと質問に対する答えを口にした。
「確かに我々は滝本医師に対して協力を依頼し受託して頂きました。しかし、それが何か問題になりますか?医師は医師会のお許しが無ければ仕事を受けてはいけないと?」
関中佐の反論に幹部は言葉を詰まらせる。日本医師会は医師を縛る組織ではない。所属する医師が独自に診察の依頼を受けようと、それは各医師の自由で医師会が制限する権利など持っていないのだ。
「そんな事は無い。しかし滝本医師は軍により命を脅かされたばかりだ。我ら医師会が所属する医師の身を案じるのは当然だ!」
「あの事件の首謀者は元村長ですし、原因も軍ではなくギルドなのですがね」
1999ダンジョンが軍の直轄でない以上、管理責任はギルドが取る事となる。しかし軍とギルドは名目上別組織となってはいるが、ギルドが軍の下部組織であると認識されているので詭弁に過ぎない。
「軍には軍医が居るでしょう。態々外部の医師を頼って何をさせたのですか?」
「それは機密事項につきお話出来ません」
神炎で病原を焼失させる検証をしてました、なんて口が裂けても言えない関中佐。それが発覚したら医師会がどんな行動に出るのか予想もつかない。
「危険な行為をさせていたのではないですか?軍医を危険に晒したくなくて外部の医師を雇ったと考えると腑に落ちます」
「そんな事は断じてしていない。滝本医師のご子息が軍属だから依頼しやすかったというだけの話だ!」
優が軍属であり情報部所属となっている事は秘密にしている訳では無い。少し調べれば簡単に判明する事実なのでそれで、関中佐は押し切ろうと画策した。
「それは軍医を使わなかった理由にはなりませんな。軍が事実を隠匿するならば、我らは正式なルートを通じて情報の開示を迫る事になりますが?」
「・・・滝本医師のご子息、優君が優秀な探索者という事は承知ですかな?今回の件はダンジョン探索を進める為に必要な秘匿作戦の為だとだけ申し上げる。軍医を使わなかったのは彼の父に依頼した方が作戦の秘匿に良いと判断したからだ」
何も話さずに追い返し、医師会に記者会見など開かれて公に問い詰められては面倒な事になる。そう判断した関中佐は障りのない事柄だけを話す事にした。
「作戦に関わる軍属の身内だから情報統制がやりやすいと。確かに筋は通りますな。それで、その作戦の内容とは?」
「秘匿の為に軍医を使わなかった内容を話すとお思いか?職分を超えた情報を集めようとするならば、こちらもそちらを徹底的に調べる事となりますよ」
医師会が求めたのは「何故軍医を使わずに外部の医師を使ったか」という理由だ。中佐がそこを説明した以上、その先を探るならばスパイの嫌疑をかけられても文句は言えなくなる。
「あっ、いや、滝本医師に依頼した正当な理由があるならそれで良いのです。本日はこれで失礼しますよ」
関中佐に睨まれた幹部は、挨拶もそこそこに逃げ出す事に成功した。面倒な客の対応が終わった関中佐は気を抜いてソファに座り込む。
「中佐、宮内庁の役人がお待ちですよ!」
「また面倒な客かよ!」
中佐の苦労はまだまだ続くのであった。




