第二百六十三話
「表向きの予定では本日二十二時迄と明日朝九時から巡回に参加してもらう事となっております。しかし明日は十時迄に玉藻として参謀本部にお越しいただき宮中へとお送りする手筈となります」
「こちらが巡回する地点のリストで、こちらが宿泊するホテルですね」
関中佐から巡回ルートを示した地図を二枚と宿泊するホテル名を示した紙を渡された。明日の巡回ルートの紙は使わないのだが、渡されないのは不自然なので持っておく必要があった。
「優君の巡回ルートは私しか知りません。なので他の部員と遭遇せずとも不審がられる事は無いでしょう」
「行き届いた手配をしていただき、ありがとうございます。こちらからもお知らせしなければならない事がありまして。実は、種族が神使に変化しました」
俺の報告に対する関中佐からの反応は無かった。普通はあり得ない事柄なのでフリーズするのも無理はない。
種族が変化する前例はこれまでにも確認されている。俗に転生と呼ばれている物で、獣人化スキルを得た者が発動した場合種族が人間から獣人に変化する。
しかし、俺の場合妖狐に変化するスキルを得ている。なのでこれ以上変化する事は無い筈なのだ。
「えっと、玉藻様の種族は妖狐でしたね。それが神使になっていると」
「はい。尻尾が二本に増え狐火が神炎に変わりました。迷い家に果樹園が増設されてお社から宇迦之御魂神様と通話出来るようにもなりましたね」
玉藻になって見せれば説明も楽なのだが、施錠しているとはいえここで玉藻になるのは止めた方が良いだろう。
「・・・胃が痛いので病欠してよろしいですか?業務は山寺に押し付けますので」
「部員さん達と山寺中佐が泣きますよ?これ差し上げますから頑張って下さい」
リュックから自分用に取っておいた干し芋と桃のドライフルーツを取り出して渡す。安上がりな賄賂だが無いよりマシだろう。
「ありがとうございます、胃痛など気合で吹き飛ばして職務に励みます!」
渡した二つのタッパーを大事そうに抱える関中佐。陸軍情報部の長がこんなに簡単に食べ物に釣られても良いのだろうか。
「優君の手作りおやつは大金を積んでも手に入らない貴重品なのです。いつも全部員で取り合いになりますからね」
迷い家産の野菜や果物は美味しいから市販品より美味しいかもしれないけど、そこまでする物かな?それにバナナチップスはバナナが市販品の素人料理だよ。
少々の疑問は残るが直感が突っ込まない方が良いと囁いている。そこはスルーしておこう。
「今回の謁見は公表されていませんが、手配に多くの部署が関わっている為どこで情報が漏れているかわかりません。お気を付け下さい」
「わかりました。明日こちらに来る直前まで玉藻にはならないようにします」
何かしらの動きがあるとしてもその目標は玉藻だろう。猫の手も借りたい情報部が動員した中学生軍属ならば気にする者など居ない筈だ。
「それでは巡回に向かいます。明日もよろしくお願いします」
関中佐に挨拶して退室する。今日の俺の立場は動員された一軍属なので、前のように玄関まで見送りされる事は無い。
何度か訪れているので、情報部から玄関までならば案内無しでも一人で歩ける。このまま出てのんびりと時間まで巡回。ホテルに泊まれば良いと思っていた時期が俺にもありました。
「おいそこのガキ、ちょっと来い」
トラブルは 望まなくても やって来る
思わず現実逃避で川柳を読んでしまったが、どうか見逃してくれないかなぁ。




