第二百六十二話
「お久しぶりです。これ、つまらない物ですけど手すきの時に食べてください」
日曜日の昼過ぎ、市ヶ谷の情報部に来た俺は手土産に桃のドライフルーツを手渡した。桃はもちろん迷い家産、干すのは電子レンジを使ったお手軽調理というお金も手間も時間もかけていない廉価なお土産である。
「これは桃のドライフルーツ・・・美味いっ、美味すぎる!」
早速一つつまんだ部員さんが叫んだ。残念ながらお饅頭ではないので風は語りかけません。
「季節外れですが美味しい桃が手に入ったので日持ちするドライフルーツにしてみました。一ヶ月くらい保つと思います」
「優君、これは日持ちするしないはあまり関係ないな。何故ならば今日中に全て無くなるから!」
その言葉を証明するかのように次から次へと部員さんの手が伸びていき、タッパーの中の桃はみるみる内に減っていった。
「おっ、優君が来たな。おい、それはもしかして優君の手作りか!」
部長室から入ってきた関中佐がタッパーの存在に気づき争奪戦に参戦した。しかし残存数は余りにも少なかった。
「うわっ、凄く美味しい!・・・何だ、もう無いのかよ!」
出遅れた関中佐は一つしか食べられなかったようだ。しかし、明日までどころか持ってきて三十分で無くなるとは思わなかったな。
「くっ、お前ら覚えておけよ。それでは仕事の話に入ろう。明日の謁見を前にして良からぬ考えを持つものが何かしら仕出かす可能性がある。皆は手分けして警戒に当ってもらう」
神の使いという立場が他国にどう取られるかは未知数だ。日本神話の神の使いという事でスルーされるかもしれないし、神の使いなら相応の能力があると予想して確保に動くかもしれない。
帝国において外国人は目立つから間諜の数は少ないと思われる。故に大規模な作戦は取れないと思いたいが、日本人を抱き込んで戦力にするケースもあり得る。
それにアジア系の人なら日本人として潜り込んでいるという可能性もある。実際に警察に潜り込んでいた前例もあるのだから油断は出来ない。
「尚、承知していると思うが軍属の滝本優君にも警戒に参加して貰う。彼のスキルはこういう任務にも打ってつけだからな」
武具を持たない一般人と見分けがつかない状態で出歩け、必要に応じて大盾での防御や各種武器による攻撃も可能。敵に警戒されずに巡回出来るのは強みになる。
「ルートは各自に指示した通りだ。だが優君だけは深夜から明け方にかけてはホテルで休んでもらう。軍属とは言え中学生だ。徹夜させた上明日も働かせる訳にはいかんからな」
特別扱いされているのは申し訳なく思うが、そうしないと情報部が世間から叩かれる事になってしまう。
「それでは各自巡回に向かってくれ。優君はこれからルートを説明するから残ってくれ」
「了解しました。あっ、変わり映えしませんが非常食になればと干し芋も持参しました。もし良かったらお持ちください」
そう言ってリュックから袋に入れて小分けにした干し芋を取り出す。何度も渡しているし飽きられているかと思いきや全員が干し芋を受け取っていった。
「あいつら手が早い・・・って、俺の分が無いじゃないか!」
人数分以上の袋を用意した筈なのだが、部員さんが去った後には一袋も残っていなかった。俺は落胆した関中佐に連れられて部長室に入るのだった。




