第二百五十四話
舞とノンビリして一日を過ごした日の夕方、玉藻専用スマホに関中佐からのメッセージが入っていた。玉藻が面倒な少将に目を付けられたらしい。
関中佐と山寺中佐が対策を打つが気を付けて欲しいと書いてあったが、玉藻の姿で参謀本部に行かなければその少将に絡まれる事も無いだろう。
当面市ヶ谷に行かない事を決めた俺は、残りの夏休みを少なくなってきた肉類の補充と仏像彫りに費やした。ケツァルコアトル神はこれまで彫ってきた神様と違った感じなので少し苦戦した。
二学期が始まり舞と共に登校した。今日は始業式を受けて課題を提出すれば終わりだ。前世と違って関東大震災が起きていないので、九月一日に避難訓練を行うという慣習は無い。
「滝本、帰りのホームルームが終わったら職員室に来てくれ」
「わかりました」
出席を取った先生が職員室への呼び出しを伝えた。舞と一緒に帰る予定だったのでそれを舞にメールしたが、舞も呼び出されたようだ。
舞も呼び出されていたとなると、先生方が聞きたいのは例の事件の事だろう。あれだけ大きな事件に巻き込まれた以上、学校側も詳細を知っておきたいと考えるのは当然だ。
モニターに映し出された学園長の訓示を聞いて始業式は終わり、課題を提出した。ホームルームでも特に連絡事項はなく放課となった。
鞄を持って職員室に行こうとしたが、一部の生徒が固まってヒソヒソ話をしているのが気になった。例の事件の事かと思ったが俺の方を見ていない。
もしもあの事件の事を話しているのなら、当事者である俺の方を伺う素振りを見せるだろう。しかしその気配はなかったので別件だと判断した。
呼び出されているし聞き耳立てるのもバツが悪いので放置して職員室へと向かった。職員室に入ると舞は先に到着していた。
「おっ、兄も来たな。聞きたいのは群馬で起こった事件についてだ」
呼び出された理由はやはり水中村の事件だった。特に口止めはされなかったので玉藻についてはぼかして説明した。
内容は軍の公式発表と然程変わらない物だったが、当事者の口から直接聞いたのが強いインパクトとなったようだ。周囲を取り囲み俺と舞の話を聞いていた先生方からは時折驚きや感嘆の声が上がっていた。
一通り話終わった後、先生からの質問に答えた。玉藻の事を矢鱈と聞かれたが、謎に包まれた狐巫女なので知りたがる気持ちは理解できる。
「ちょっと御免なさい、舞ちゃんはこちらに来てくれるかな」
質問が途切れたタイミングで女性教師が舞を職員室の端に連れて行った。視界に収まる範囲なので何かあれば全力で護りに行くが、何をするつもりなのか。
「舞ちゃんにも何もしないから安心してくれ。彼女に聞かれない方が良いかもしれない質問をしたいだけだ」
二年生の学年主任の先生が深刻そうな顔で俺を正面から見る。一呼吸置いてから意を決した先生は口を開いた。
「狐巫女さんは宇迦之御魂神様の使徒だという情報が一部で流れている。君は情報部の軍属だ、その真偽を知っているのではないか?」
「はい、狐巫女さんは宇迦之御魂神様からの使命を受けて活動しています」
俺は誤魔化す事なく肯定した。違うと嘘をついてもすぐにバレるし、軍属とはいえ情報部の一員なのだからそんな重要な情報を知らないというのも不自然だ。
学園の教師が知っているのなら財閥の人達は知っているだろうし、それが鈴木だけとは思えない。となると上流階級では浸透していると見るべきで、否定しても効果は無いだろう。
噂はほぼ真実と思われていたようで、俺の答えに驚く先生は居なかった。これは関中佐に報告しなくてはいけないな。




