第二百五十二話
水中村のダンジョンから帰った翌日、いつもの日課を終えた俺は自宅で心と身体を休めていた。自分の尻尾を抱いてモフっていると疲れが取れていくのが実感出来る。
「前にも一緒に潜った人達って聞いたけど、そんなに疲れたの?」
「前に一緒に潜ったからこそ疲れたんだ。前の時は優として同行したから、その時の話をしたらバレるからね」
優の時にした話をしてしまったら、何故知っているのかと疑問に思われてしまう。それどころか同一人物だと悟られる可能性もあった。
なので、優の時にした話と玉藻の時にした話をきちんと思い出して間違えないよう気を配りながらの探索となったのだ。
「ところで舞、あまり体重をかけると背中に当たるからな?」
「兄妹なんだし、今はお姉ちゃんだから同性でしょ」
舞がどんな状態かと言うと、座って前に回した尻尾をモフる俺の背中に抱きついて両耳をモフっている。なので舞が前のめりになりになると二つの柔らかいお山が背中に当たる事となる。
俺が一週間留守にした為その反動でくっついたままになっている舞を引き剥がすなんて出来ない。モフモフに集中する事で煩悩を封印する事にしよう。
暫くセルフモフモフを堪能していたが、そろそろお昼ご飯の準備をせねばならない。
「舞、お昼のリクエストはあるか?」
「えっと、ニジマスの塩焼きが食べたいかも」
釣ったばかりのニジマスの内臓を抜いて、塩をかけて焼く。あれは体験するとまた食べたくなる美味しさだ。
「じゃあニジマスを調達しようか」
俺は迷い家の入口を開き舞と共に潜る。お社に参拝してから母屋から笊を持ち川辺に行って魚影を探した。
「お魚、探すまでもなかったわね」
「ここの生態系、どうなってるんだろう」
水の中を覗いて見れば沢山の川魚が泳いでいた。玉藻の素早さを以てすれば素手で捕まえる事も容易い。すぐに家族二匹ずつで八匹のニジマスを確保する事が出来た。
魚の確保を終えた俺たちは迷い家から出て優に戻り下拵えを始める。舞には塩を振る役割をお願いした。午前中の診察を終えた両親が戻るタイミングを見計らって焼き始める。
「優、舞。患者さん達がお前達の事を心配してたぞ」
「無事だと報道されても、あの騒ぎですもの。仕方ないわ」
新しい器具が届いたので医院を再開したのだが、訪れる患者さん達が皆さん口を揃えて俺と舞も無事かと聞いてくるそうだ。
父さんと母さんが無事なのはその姿を見たので得心するのだが、俺と舞は医院に顔を出さないので聞いてくるのだとか。
近年稀に見る不祥事で、解決の為に軍と県警共同の大掛かりな作戦となった事件だった。それに巻き込まれたのだから、本当に無事なのかと報道を疑うのも無理はない。
「時々顔を出した方が良いのかな?」
「それはそれで騒ぎになりそうだからな。父さん達に任せておきなさい」
診察に来たお母様方に揉みくちゃにされるのは遠慮願いたい。ここは父さんの好意に甘えるとしよう。
「夏休みも残り僅かだ。優と舞の事だから課題は終わっているのだろう?好きに過ごしなさい」
父さんからの信頼が厚い。言われた通り俺も舞も夏休みの宿題は全て終わらせてある。しかし、好きに過ごせと言われても何をするべきか。
「舞はお兄ちゃんの尻尾をモフりたい!」
「午前中はお兄ちゃんが独占していたからな。午後は舞に明け渡すか」
こうしてその日の午後は一心不乱に尻尾をモフる舞の頭を撫でて過ごした。たまにはこんな長閑な一日があっても良いよね。
 




