第二百二十一話
両親と舞が満足するまでモフられた翌日、俺は電車で新宿に向かった。新宿御苑に入り、木々で視界を遮られた場所で玉藻に変わる。その場で空歩を発動し、地上から見えにくい高度まで上がると市ヶ谷を目指した。
陸軍の中枢、参謀本部がある市ヶ谷基地の正門前に降り立つ。門の脇で警戒していた軍人さんがすぐに誰何してきた。
「きっ、貴様どこから現れた!何者だ!」
「驚かせてすまぬ。妾は玉藻、時折話題になる狐巫女じゃよ。水中村の件で聞きたい事があるじゃろうと足を運んだのじゃが、不要と言うなら立ち去るがのぅ」
「なっ、少々お待ちを」
直ぐ様一人の軍人さんが無線機らしき物を取り出して狐巫女が来訪したと伝えている。アポ無しでの突撃なので、軍内では騒ぎになっているだろう。
「取り敢えずご案内致します。こちらへどうぞ」
案内されて基地の中に入る。門前では俺に気付いた通行人が立ち止まって注視していたから、騒ぎになるのを防ぐ為に引き入れたのだろう。
「暫しお時間を頂きます。こちらでお待ち下さい」
通されたのは内装が立派な応接室だった。お茶と茶菓子まで出されるとは思わなかった。
「突然の来訪故に迷惑をかけるの。多忙なようなら再訪の日時を決めて出直すが?」
「いえ、それには及びません。今暫くお待ち頂きたい」
これまで探していた狐巫女が自分から飛び込んできたのだ。この機を逃すものかという気概のような物を感じる対応だった。
「お待たせして申し訳ない」
応接室に通されて十分も経たないうちに五人の男性が入室してきた。その中の一人はよく知る関中佐だ。他の四人は参謀本部の中将が一人と少将が二人、中佐が一人という布陣だった。
「まずは板橋の件と水中村の件での協力に感謝を述べたい。貴女の働きが無ければどれだけの被害が出ていた事やら」
「両方共に偶々現場を通りかかったから対処したまでじゃよ。帝国に住む者としてすべき事をしたまでじゃ」
少将の謝辞にこちらも無難な返答を返す。あちらも忙しい身だろうし、本題に入らせてもらおう。
「その水中村の件じゃが・・・」
あの時に起こった事を迷い家のスキルをぼかして説明した。滝本家の聴取内容と矛盾していない筈なので疑われる事は無いだろう。
「これがレイスの魔石じゃ。アイテム鑑定で証明出来るじゃろう」
「これは買い取らせて貰っても構いませんか?」
「構わぬよ。ただ、代金は現金で貰えると助かるのぅ」
関中佐の申し出を二つ返事で了承した。但し現金でという条件は付けさせてもらった。玉藻では探索者登録をしていないから振り込みでは受け取れないのだ。
関中佐は内線電話でどこかに代金分の現金を持ってくるように指示を出した。鑑定で確定させる前に支払いをするつもりのようだ。
「玉藻さん、貴女はソロで活動しているようだが軍に所属するつもりはありませんか?貴女ならすぐに少尉に任官しますよ」
伝えるべき事を話し終え、魔石の代金を受け取ると少将の一人が軍に勧誘してきた。前代未聞の魔法を使える獣人をスカウトしない筈がないよな。
「妾はとある御方の依頼で動いておる。それに支障をきたさぬ範囲で協力する事は吝かではないがのぅ」
高官の三人は俺が誰かの依頼を受けていると知ってあからさまに落胆した。気持ちは分からなくもないが、少しは隠した方が良くないか?




