第二百十話
「ほう、逃げ出すか。しかし甘いのぅ」
仲間を倒され、残ったレイスは背を向けて逃げ出した。しかし新たに撃ち出した狐火に焼かれ魔石へと変化した。
「も、もしかして優ちゃんなの?」
「そうだよ、今まで黙っててごめんなさい」
俺は妖狐化を解いて女性体に戻る。父さんと舞は何か言おうとして言葉に出来ず、母さんも何を言うべきか迷っているようだった。
「取り敢えず安全な場所に避難しよう。もう一度玉藻になるからね」
一応断ってから妖狐化を発動し玉藻になる。そして迷い家を発動し、両親と舞が入れるよう許可を出した。
「この中は外部から干渉出来ない特殊な空間になっておる。怖いとは思うが妾を信じて入ってほしい」
「お姉ちゃん、何で変な喋り方してるの?」
「舞よ、まず聞くのがそこなのか・・・この話し方は玉藻と滝本優を分ける為じゃ。万が一にも両者が同一人物と知られぬ為の処置じゃよ」
迷い家よりも話し方に疑問を持つとは、我が妹ながら大物である。
「またレイスが来るかもしれぬ。入ってくれると助かるのじゃがな」
まずは舞が勢いよく入り、釣られるように父さんと母さんも入った。最後に俺が入り出入り口を閉じる。
「うわぁ、凄い凄い!」
「ここは、別の場所・・・よね?」
異空間というこの世界では創作物ですら存在しない空間に、舞ははしゃぎ両親は心此処に非ずといった風情で立ち尽くしている。
「あっ、畑がある。沢山実ってる!」
「時折美味しい野菜を持ち帰ったじゃろう、あれはここで収穫した物じゃったのじゃよ」
早くも適応した舞は畑になる作物を見て更にテンションが上がっていた。
「優、この能力はダンジョンでも使えるのか?」
「勿論、好きな時に好きなだけ使えるわ。妾以外が入ったのは初めてじゃがな」
父さんは俺の答えを聞いて考え込んだ。この能力がどれだけの影響を及ぼすのか分かってしまったのかもしれない。
「お姉ちゃん、これ取っても良い?」
「勿論じゃ。収穫してもすぐに実がなるでのぅ。ほれ、一緒に収穫しようぞ」
まだ立ち尽くしていた母さんを促して舞と一緒に収穫させる。俺は母屋の日陰に置いておいた笊を持って二人に合流する。
おやつ代わりにトマトと胡瓜をもぎ、父さんも連れて母屋に入る。居間に案内して座布団を出し座らせ、人数分のお茶を淹れて一息ついた。
「優、俺達にこの事を言わなかったのはこの能力が原因か」
「そうじゃ。この迷い家ならばダンジョン攻略で問題となる補給と休憩は完全に解決する。それは最高到達階層を大幅に更新出来るという事じゃ」
ここでお茶を飲んで間を開ける。そして続きを一息に言い切った。
「そうなれば合法・非合法問わず妾を引き入れようとするじゃろう。中には先程のように人質を取る者も出てくる。故に玉藻と優は別人だと思わせると同時に、バレた際の保険を打つ必要があったのじゃ」
「そうか、それでずっと軍に入ると・・・」
人より強い力があっても、凄く便利な能力を授かっていても俺は万能ではない。冴子ちゃんの時のように人質を取られたら打つ手が無くなる時もあるのだ。
「兎に角、詳しい話は騒動が済んでからじゃな。その時に全てを話す故、今はここで待っていてほしいのじゃ。時間がかかるかも知れぬ、家の設備や畑の作物は自由に使って貰って構わぬ」
俺は両親と舞を迷い家に残して外に出る。氾濫がどうなっているのか確かめなければ。




