第二百二話
「ここで止まっていても意味がありません。戻りましょう」
気が抜けている三人にベースに戻ろうと提案する。三人は少々ぎこちない動きで十三階層に戻る渦に入った。
「私はとある御方とダンジョン攻略を進めると約束しました。その約束を守る為、色々と努力してきたつもりです」
横から降り下ろされたコボルドの爪を大盾で受け、斧槍に持ち替えると柄を少し伸ばしコボルドの首を薙ぐ。
「最善の行動をやってきたとは思いません。常に最善を選択するなど神ですら不可能、況してや神ならざるこの身には到底出来る事ではありません」
もしも神が常に最善を選択出来るならば、ダンジョンには宝箱の代わりに任意の階層を移動できるポータルのような物が設置されていただろう。
「しかし、約束を果たす為にベストではなくともベターな行動を取ってきたと自負しています」
三人は自分より年下の俺が目標を決めてそれを叶える為に努力している事にショックを受けたようだ。
「私は伍長達がどんな思いで軍人をしているのか知りません。でも、軍に志願する理由は人それぞれだと思います。たまたま私が特殊な状況だというだけですよ」
神に依頼されてダンジョン攻略する人間なんてあまり居ないだろう。しかも、迷い家というチート過ぎるスキルの保持者は後にも先にも俺だけとなる可能性が頗る高い。
「私は私の事情に周囲を巻き込もうとは思いません。そう考え込む必要は無いと思いますよ」
急降下してきた火鷹を双剣で切り刻みつつフォローを入れる。
「優ちゃんは本当に中学生なのか?私達より余程大人の考え方をしている」
「家が医院なので、幼い頃から大人の患者さんと話していましたから。それに体質で常に強い力が出るのでそれを制御する為に必要だったのです」
実際は精神年齢なら彼女達の三倍程になるのだが、それは言えないので誤魔化しておく。
「浮かない顔して、あまり先に進めなかったの?」
「いや、十四階層まで行ってきた」
俺達は無事にベースを設置した九階層まで戻ってきた。留守を守っていた藤田軍曹は気落ちした三人を見て探索が上手くいかなかったのかと誤解した。
「自己最高タイまで行けたんだ。その割には表情が暗いわね」
「それについてはダンジョンを抜けてから話すわ」
留守番役の三人は冬馬パーティーの様子が変だと思いつつも、負傷した様子も無いので追求する事はしなかった。
そのままベースで一泊した俺達は、翌朝ベースを畳んで帰路についた。このメンバーで浅い階層のモンスターに後れを取る事はなく、無事にダンジョンから帰還する事が出来た。
「全員無事に帰還出来て何より。藤田パーティーと冬馬パーティーは明日は休暇となる。報告書は明後日に作成してくれ。滝本君は報告書の作成は不要だ。お疲れ様」
地上では八奈見大尉が出迎えてくれた。今日はこのまま解散で、俺は事後処理を免除されるようだ。まあ、中学生にいきなり報告書を書けなんて無茶振りはしないか。
報告書を書けるのが俺だけならまだしも、今回は六人もいるのだ。俺が書く必要性は低いと思う。せいぜい練習になるという程度か。
冬馬伍長達の報告書がどう作用するのか。それが分かるのは早くて夏休みの後半だろう。関中佐には父さんの出張に付いて行く事も報告してあるので、余程の事が無い限り呼び出しは無い筈だ。帰ったら旅行の用意もしておかないとな。




