第二話
「はい、そこで扇を傾けて・・・良く出来ました。今日はこれで終わりにしましょう」
「お師匠様、ありがとうございました」
手に持った扇子を置き、正座で手をついて頭を垂れる。お師匠様は満足げに微笑むと襖を開けて退出して行く。俺もすぐに立ち上がり帰る師匠を玄関まで見送った。
女神様に転生させられた俺は、無事に異世界に生まれ変わった。まあ、異世界と言っても元の日本とほぼ変わらないのだが。
将来ダンジョンに潜る使命を背負わされた俺が何故日本舞踊を習っているのか。習うなら格闘関連だろうという突っ込みを入れたくなるのは分かるが理由があるのだ。
女神様の言う通り二人分の受精卵を強引に合成させて産まれた俺は、それのせいかヘラクレス症候群という病気を生まれつき患っていた。
知らない人の為に説明するが、ヘラクレス症候群とは通常より筋繊維の密度が高い為強力な力を発揮できるのだ。大抵の場合その代償として燃費が悪くなるのだが、俺の場合それは適用されなかったらしい。
それでも普通の子供よりも強い力を発揮できてしまう。そのため力の制御を学ぶために日本舞踊で体の制御を学んでいるという次第だ。
本来ならば柔道や合気道といった格闘系が望ましいのだが、この世界ではダンジョンの出現により人が戦う相手が魔物となっていた。そのため、対人戦闘の技術である柔道や合気道は途絶はしていないものの極稀な武術となり付近に道場が無い為こうなったのだ。
玄関で師匠を見送った俺は居住スペースから移動して待合室に入る。現在の両親は医院を経営していて、母親は受付をしている。
「お母さん、今日のお稽古は終わりました。師匠は先程お帰りになりました」
「優ちゃんお疲れ様。疲れたでしょう、少し休みなさい」
お母さんに稽古が終わった事を報告し、戻ろうとしたのだがその目論見は失敗に終わる。
「優ちゃん今日も可愛いわね、アメちゃん食べる?」
「こんなに色白で線が細くて。将来は絶世の美少女間違いなしね」
「ちょっ、僕は男ですから!そこ間違えないで下さい!」
待合室で診察の順番を待っていた淑女の皆様に取り囲まれ、脱出困難な状況に。それでも体の小ささを活かして何とか脱出する事に成功した。
言っておくが転生はしたが転性はしていない。前世では使用されなかった相棒は今世でも相棒だ。しかし、肌の色はかなり薄く線が細いので男用の服を着ていても女の子と間違われてしまう事が時々あるのだ。
淑女の方々(命が惜しいのならばオバサンという言葉を使ってはいけない)の魔の手から逃れた俺は子供部屋に入る。そこでは幸せそうな顔をした幼女がすやすやと熟睡していた。
「にいにぃ、にいにぃ」
寝言で俺を呼ぶ幼女の隣に座り手を握る。小さな指はしっかりと俺の手を握り離すまいと力を入れた。この美幼女は俺から2年遅れて産まれた妹の舞。御年2歳の淑女である。