第百九十五話
「はぁぁ、もう電車から降りたくない」
「冷房様々だよなぁ」
日が進むにつれ気温も上昇していく今日此の頃。冷房の利いた車内は外に比べたら天国だ。降りたくないという舞の主張には同意するしかない。
「ほら、乗り換えるぞ。それとも池袋に戻るか?」
「くっ、次の電車が来るまで我慢しなくちゃ」
直通運転で家の最寄り駅まで乗って行ければ良いのだが、この路線はこの駅で折り返しとなっている。前世ならば直通運転していたのだが、この世界では行われていなかった。
「こんな時、送迎の車がある人達が羨ましくなるわ」
「埼玉と東京を車で移動なんてしたら、かなりの時間を食う事になるぞ。帰りは良いけど行きは早起きする必要があるな」
移動に車を使えば電車よりも時間がかかる。それを指摘すると舞はあからさまに嫌そうな顔をした。
俺と舞は暑さに辟易しながらも学園に通い、期末テスト対策に勉強にも精を出した。俺は週末に肉類の補充の為にいつものダンジョンに潜ったりしたが、テストの結果は前回と同じく九位だった。
「またお兄ちゃんに追いつけなかった」
「でも前回より順位も点数も上がってるじゃないか。焦る事は無いよ」
優秀な子達が通う私立中学で上位の順位を取っているのだから誇るべきだ。俺は前世という反則技を使っているから例外で。
終業式も終わり夏休みに入った初日、俺は前回訪問した陸軍練馬基地へ向かった。今回も連絡はキッチリ通っていたので軍属の身分証を見せたらすんなりと通された。
「お久しぶりです八奈見大尉」
「お疲れさま、滝本君。取り敢えず座ってくれたまえ」
指定された部屋には七月初めに今回の件を伝えに来た八奈見大尉と以前共にダンジョンに入った三人の女性兵が待っていた。
「四人は以前探索を共にしているから紹介は要らないな。今回もこの面子でダンジョン探索を行なってもらう。何か質問はあるかな?」
このお姉さん達ならば能力の説明をする手間も要らないし、一緒に戦ったので連携も問題ないだろう。それは嬉しいのだが問題がある。
「大尉殿、今回はダンジョン泊を行うと聞いております。女性パーティーに男性が入るのは問題が起きるのではないでしょうか」
九階層で野営をするのだが、その際には交代で見張りを行う事になる。落とし亀は移動して来ないので襲われる心配はないが、人に襲われる危険性があるのだ。
潜るのは完全に軍が管理しているダンジョンなので探索者が来る事は無いのだが、軍のパーティーが居る可能性はある。そして軍人だからと安心する事は出来ないのだ。軍人でも欲望を抑えられず蛮行に走る者も存在する。
「それを言ったら滝本君は男性パーティーと組むのも問題となる。我々は男性パーティーと組ませるより女性パーティーと組ませる方がリスクは少ないと判断した」
「私達もそれに同意しています。彼を男性パーティーと組ませるのは女の状態でも男のままでも危険かと」
八奈見大尉の言葉を冬馬伍長が補足する。男性パーティーに男のままでも危険って・・・怖い考えになりそうなのですけど!
「そういう訳で、潜るのはこの面子で決定だ。必要な物資は当日輜重から用意される。他に質問が無ければ今日は終了とする」
ダンジョン探索に向けた打ち合わせは、予想を遥かに超えた早さで終了してしまった。
「あっ、滝本君。バナナはおやつに入らないからね」
それはバナナチップスを持って来てねという催促だろうか。少し多めに作ってくるとしようかな。




