第百九十四話
「お邪魔します。これ、つまらない物ですが」
「ありがとうございます。こちらにどうぞ」
七月に入った最初の週末、情報部の部員さんが訪れてきた。今日のお土産はごきげん水戸さんだったので、茨城に出張した人が居たのだろう。
「情報部の八奈見と申します。今日は関中佐に代わり私が参りました」
「関中佐もお忙しいのでしょうね」
陸軍の情報を統括する重要部署の責任者となればかなりの仕事がある筈だ。うちに来る為だけに埼玉まで足を運ぶ暇なんて無いのだろう。
今まで来ていたのは俺をスカウトする必要があるからだと推測。軍属になったので部下の人で良いという判断か。
メールで済ませないのはデータの流出を恐れてだろうか。電話も盗聴される危険があるので、機密を守るなら直接口頭で伝えるのが最も安全だ。
「今後は我々情報部員と共同で動く事もあるかと思います。それに備えて関中佐以外の部員と交流しておくのも大事だという判断です」
俺の予想は見事に外れていた。八奈見さんの言う通り、先輩となる部員の皆さんに会っておくのは大事な事だ。
「・・・と言うのは建前で中佐は優君にいただいた干芋を二パック持ち帰ろうとしたので、罰として我々が交代で来る事になりました」
「それで良いのか情報部」
反射的に素でツッコミを入れてしまった。業務の担当者を変える理由が干芋を独占しようとしたからって・・・
「あの干芋、凄く美味しかったのですぐになくなりましたよ。おっと、本題に入りましょう。七月の末に軍のパーティーとダンジョンに潜っていただきたいのです」
「それは構いません。何か用意しなければならない物はありますか?」
「優君が使う装備だけで大丈夫です。ダンジョン内での野営を含む探索となりますが、食料や飲料など必要な物は軍の物を使いますので」
それならば特に準備は必要無さそうだ。学園も夏休みに入ってからなので問題はない。
「それでは次に回りますのでこれで失礼します」
「あっ、少々お待ち下さい」
急いで部屋に戻り干芋のストックとバナナチップスを持って来て八奈見さんに渡す。
「前回と同じ干芋と、新作のバナナチップスです」
「これも優君の手作りですか。ありがたく頂きます」
上機嫌な八奈見さんを玄関まで送るのだが、俺が軍属になっているので構わないのか次の任務に関する話になった。
「次は氷川神社で狐巫女さんの聞き込みだよ。居場所を探せと言われても、雲を掴むような話だよな」
「ご苦労様です。手掛かりが掴めると良いですね」
とは言うものの、玉藻に関する手掛かりを掴むのは難しいだろう。実際は当人が目の前に居るのだけれどね。
八奈見さんを見送りリビングに戻ると、お土産にいただいたごきげん水戸さんを舞が開けていた。
「今年もまた八月半ばに出張を頼まれたが、優と舞はどうする?」
「一緒に行きたい!冴子ちゃんに会いたい!」
「舞が行くなら行くよ。ダンジョンに行くのは七月末だし、八月半ばなら大丈夫でしょ」
いくら何でも半月も拘束される事は無いだろう。ダンジョンを泊りがけで攻略する場合、長くても四泊が限界らしい。それも軍の精鋭部隊が記録更新を狙った大掛かりな作戦での話で、中学生の軍属を入れた探索でそこまでやる事は無いと思う。
「それじゃあ医師会には家族で行くと返事をしておこう」
こうして今年の夏休みのスケジュールは決定した。後は期末テストに備えて勉強を頑張らないとな。




