第百八十八話
「そも、ダンジョン探索が進まぬ理由は物資の運搬と休息じゃ。元々ダンジョンは空間魔法ありきで設計されておるでの」
それを補う為のスキルが迷い家な訳だ。物資の運搬も休息も熟せる完全な答えだと思う。
「しかし空間魔法を付与するには人の魂では容量が足りぬ。故に別のスキルにて補う必要があったのじゃ。それが迷い家じゃの」
宇迦之御魂大神様は一旦言葉を止めて手にしたお茶を啜る。俺のまえにもいつの間にかお茶が出されていたのでいただいた。
「しかし迷い家も人の容量には余る。そこでスキルとして付与するのではなくそれが使える状況に変化させる事にしたのじゃ」
「それが妖狐化なのですね」
相槌を打つのは恐れ多いかとも思ったのだが、宇迦之御魂大神様は俺の相槌に満足しているようだった。
「そうじゃ。しかし妖狐化も尋常な手段では付与出来ぬ。そなたが使えるのは産まれなかった双子の容量と合わせた上に女性体で妖狐の体に近付けた事で何とか付与出来たのじゃ」
「そこまでしないといけなかったのですね。破格の能力にも納得です」
「双子が男女であったからじゃろうな。男から妖狐化させるより女性体を挟んだ方が容量の消費が少なかったのじゃ。その余裕で着せ替え人形を付けたのじゃよ」
という事は、もしも双子が両方男だったら女性体のスキルは無かったという事になる。そして着せ替え人形も付かなかったと。
「着せ替え人形はダンジョン攻略の大きな力となっております。本当にありがとうございます」
「あれが無いと変化した際に衣服はそのままじゃったからの。良い具合に収まって良かったわ」
自動で衣服も変わるのはほんとうに有難い。男物を着たまま女体化とか、女物を着たまま男に戻るとかせずに済んだからな。
「しかし迷い家の社への奉納物が我が社に送られるのは嬉しい誤算じゃった」
「あれは迷い家の仕様ではなかったのですか」
「妖狐化を付与したのはそなたが初じゃ。故にスキルの細かい効果は分からんかったのじゃよ」
という事は迎えに来てくれた巫女さんや社ですれ違った巫女さんは妖狐ではないのか。
「社の者共は妖狐ではない。我が神力で人型となっておるだけよ。下界に降ればそう長い時間保たずに狐の姿に戻ってしまうのじゃ」
「では、人の世に迷い家の使い手は私一人で御座いますか」
「そなたのように条件が揃う事はこの先無いであろうの。理性的で協力的な転生者がおる時に流れる定めの双子、しかも男女でなど現れぬだろうよ」
つまり、迷い家を使えるのはこの先も俺だけと考えた方が良い。ならば今だけではなく将来俺が死んだ後もダンジョン探索が進むようにしなければ。
「さて、まだまだ話したい所ではあるがそなたは時間に限りがあるのではないかえ?」
「はっ、その通りに御座います。お心遣い感謝致します」
結構長く話してしまった。急いで奈良に移動しなければ。
「確か今宵の宿は奈良だったのぅ。なれば奈良の稲荷神社に送るとしよう」
「重ねてのご配慮、ありがとうございます。それではこれにて御前を失礼致します」
最後に深く頭を下げる。すると先程まで広間を満たしていた神の気が消え失せ、宇迦之御魂大神様の姿はなくなっていた。
その後狐巫女さんの先導で社を出ると、人気のない小さな稲荷神社の境内に出た。妖狐化を解除し男に戻り、スマホで現在位置を確認する。
幸い今日の宿に近い場所にある神社だったので歩いてホテルに向かった。指定時間前にホテルに着く事はできたが、そう余裕が無かったので伏見稲荷大社から来ていたら間違いなく遅れていた。
次のお供えはお礼を兼ねて倍増しておこう。




