第百八十五話
申請書を提出した翌日、朝のホームルームで修学旅行の班を作るようにと先生から指示が出た。三人から五人の班を作り、代表者が申請するようにとの事だった。
「滝本君、誰と班を組むか決まってないよね。女子三人の班だけどうちに来る?」
「女子三人の班に男一人は気まず過ぎるから遠慮するよ」
昼休みに林原さんからお誘いを受けたが、理由を付けてお断りする。単独行動の許可はまだ得ていないがまず不許可にはならないだろう。
「滝本君なら違和感なく交れると思うけど?」
「否定したいけと否定出来ない・・・でも生物学上は男性だからね?」
見た目はどうあれ、男は狼なのだ。信用してくれるのは嬉しくもあるが、男として見られていないとも言えるので微妙な気分になる。
お弁当を食べながらそんな会話をしていると、誰かが走ってくる荒々しい足音が聞こえてきた。教室の扉の前で止まったと思った次の瞬間、扉が乱暴に開かれた。
何が起きたのか分からず、クラスに居た人間は俺も含めて乱入者に注目している。その乱入者は教室内を見回すと俺の所に向かって歩き出した。
「滝本様、軍属になられたというのは本当ですか!」
「ああ、うん。少し落ち着こうか鈴木さん」
俺は良家の子女らしからぬ登場の仕方をした鈴木さんを宥めるのだった。
「コホン、失礼致しました。少々取り乱しまして」
「俺は別に気にしないから良いけどね」
普段しっかりしている鈴木さんの意外な行動と発言により、俺達は教室中から注目を集めている。
「取り敢えず、軍属になったというのは本当。ちょっと事情があってね」
陸軍と文部省とのやり取りや、中国からの間者の件をここで話す訳にはいかないので濁しておく。鈴木さんならその辺まで調べているかもしれないが、ここには他の生徒も居て会話を聞いているのだ。
「なっ・・・それでは鈴木に来てもらうのは」
「申し訳ないけど無いね。俺は元々従軍希望だったし、諦めて貰うしかない」
軍を蹴って鈴木に入るなんていう事はあり得ないので、ストレートにお断りしておく。酷なようだが、有りもしない希望を持たせる方が残酷だと思う。
「はぁ・・・まさか在学中に軍属になられるとは思いませんでした。失礼します」
来た時は打って変わって意気消沈し扉に向かって歩く鈴木さん。そこに遅れ馳せながら鈴華さんと鈴代君が駆け込んできた。
「はぁ、はぁ、やっと追いつきました」
「お嬢様、いきなり走り出さないで下さい」
鈴木さんは二人を置き去りにして来たようだ。鈴華さんは兎も角、護衛として体を鍛えている筈の鈴代まで引き離すってどれだけ足が早いのか。
「用件は済みました。戻ります」
「えっ、ちょっ、お嬢様!」
トボトボと帰っていく鈴木さんを慌てて追い掛ける二人。教室内は気まずい雰囲気が漂っている。
「・・・まあ、そんな訳で単独行動した方が都合が良くてね。昨日単独行動の申請をしたばかりなんだ」
「協力要請が入ったら行く必要があるものね」
中学生での軍属は俺が初だが、高校生や大学生の軍属は存在する。そういった人達が授業中や学校行事中に要請されるケースも稀にあり世間にも知られている。
「俺が駆り出されるような事態なんて早々無いだろうし、無い方が良いんだけどね」
「板橋の例もあるものね」
現地で協力要請されて伏見稲荷大社に行けない、なんて事にならなければ良いけど。




